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二十六、藤原の自宅にて

 そしてその翌日。  藤原修一からの招集がかかった。  駒形司の件で、話したいことがあるというメールが届いたのである。  といっても、世間はまだ正月休みだ。この集まりもうちうちのものであるらしく、集合場所は藤原の自宅だ。なんでも、藤原としてもまだ整理がつかない部分があるため、馴染みのメンバーの前で一度話をしておきたい、というのだ。いつになく慎重な藤原の様子が伝わってくる。  舜平と珠生はまだ藤原の自宅に訪れたことがなかったため、物珍しげに真新しいマンションを見上げた。  藤原の自宅マンションは世界遺産・下鴨神社から五分ほど西に歩いた場所にある。窓から鴨川を望むことのできる好立地だ。マンションというよりも邸宅と呼んだ方がいいのではないかと思わされる、三階建ての瀟洒な建物。まるで高級旅館のような外観は、京都の風景にしっくりと馴染んでいた。どことなく威厳さえ感じさせられるような上品な設えには、なんだか妙に緊張させられてしまう。  インターホンを押して建物の中に入れてもらうと、小綺麗に整えられた共用部に迎えられる。自動ドアの類は全て白木の格子戸で、床にはパーチグレーの天然石タイルが敷き詰められていた。エントランスの中心には見事な植栽が据えてあり、左手を見れば、磨かれたガラス越しに枯山水を思わせる庭園。分譲マンションであるようだが、一体いくら掛かるんやろう……と、舜平は無意識に脳内で算盤を弾いた。 「わー、きれいだなぁ〜。すごいなぁ、さすが藤原さん」 「ほんまやな。建ってまだ二年やそこらやって言うてはったっけ」 「そうなんだ。気軽にほいほい遊びにこれる雰囲気じゃないね」 「せやな」  珠生が学生時代にアルバイトをしていた和菓子屋・『そらゐ』からもほど近いため、二人はそこへ立ち寄って手土産を購入して来た。『そらゐ』は珠生の同級生・空井斗真の祖母が経営する店だ。まだまだ矍鑠(かくしゃく)とした様子の斗真の祖母や、当時から働いていたパート主婦たちは、久々に店を訪れた珠生を熱烈歓迎していたものである。  懐かしげに談笑しつつ和菓子を選ぶ珠生の笑顔を見つめているだけで、なんだかすごく幸せを感じた。  昨日は昼過ぎまで濃厚なセックスに溺れた後、シャワーを浴びて、ふたりで雑煮を作った。そして近所の小さな神社に初詣に出たりもした。伏見住まいなのであるから伏見稲荷にいけばいいようなものだが、珠生が人混みを嫌がったのである。いつになくのんびりとした一日を過ごせたことで、珠生もすっかり元気を取り戻しているように見えてホッとした。  健介の許しを得ることができますように、こういう穏やかな日常がいつまでも続きますように……と、舜平は名も知らぬ神にそう祈ったのであった。 「やあ、いらっしゃい」  二階の角部屋の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。木目調の扉の向こうから顔を出したのは、チャコールグレーのVネックセーターと黒いパンツに身を包んだ藤原である。普段スーツ姿ばかり見ているため、藤原の私服姿は物珍しい。珠生が素直に「藤原さん、私服もかっこいいですね」と褒めている。 「すまないね、正月休みに呼び出したりして」 と、手土産の和菓子を喜んで受け取った後、藤原は苦笑しながらそう言った。 「いえいえ、駒形のこと、俺らも気になってましたし」 と、舜平が答えると、藤原はやや疲れたような笑みを浮かべた。 「ずっと書陵部にこもってたんですか?」 と珠生が尋ねると、藤原は一つ頷いた。 「ああ、二十年も前の資料を漁っていたからね。特別な権限がないと見られないデータもあって、その申請などに手間取ってしまって」 「特別な権限、ですか」 「そのあたりのことも話すよ。さあ、適当に座っててくれ」 「あ、はい……うわぁ〜〜広い!!」  リビングに入った瞬間に広がる空間に、珠生が目を輝かせてた。  高い天井、真っ白な壁、真新しい調度品、大きな窓から見えるの鴨川の対岸に、人々が思い思いに過ごしている平和な風景を眺めることができる。  藤原らしい、上品かつ洒落た雰囲気の部屋である。深い焦げ茶色の床はほんのりと暖かく、床暖房が装備されているようだ。駒形の話を聞きに来たはずなのに、珠生がえらく楽しげに藤原と家の話をしているものだから、舜平も窓辺に立ち、緑豊かな景色を眺めていた。  ふと、窓際に吊られている鳥かごに、舜平は気づいた。  覗き込んでみると、真っ白な文鳥が止まり木の上に留まっている。 「ん? んー」  舜平がしげしげと覗き込むと、文鳥が明らかにそわそわと目線を泳がせ始めた。ちょんちょんと止まり木から降り、餌台の上に行ったり水場に行ったりと落ち着かない。 「この気配……まさかお前、弓之進?」 『ひぃ』  文鳥が、びくっと羽を震わせる。  そう、ここで藤原と暮らしているのは、十六夜結界術を張った日に討たれた佐々木猿之助・佐々木影龍の家臣、佐々木弓之進である。成仏せず、今もなお藤原のそばで斥候などの役割を果たしているのだ。  弓之進は明らかに舜平に怯えている様子だ。無理もないか……と舜平は思った。  いつぞや明桜高校に忍び込んで悪さをしていた時、弓之進は舜平に派手に殴り飛ばされているし、十六夜を張り直した日も、主人らを粛清され、自身も湊に射落とされた。さぞや怖い思いをしていたことだろう。 「えらいかわいい姿になったもんやなぁ。こないだは鳶に憑依しとったんやろ? あの日は助かったで」 『……はぁ、はい……恐れ入ります』 「しゃべる文鳥かぁ、へぇ〜おもろいなぁ」 「舜平さん、何してんの」  物珍しげに弓之進を眺め回していると、珠生が舜平の傍に来た。そして小さな白い文鳥を見て、また目を輝かせる。 「うわぁ、かわいい……」 『お、お、お久しゅうございます、千珠さま……』 「えっ? 喋った? あ、ああ、そうか、弓之進だ」 『はい……』  じろじろと間近で覗き込まれるのがよほどストレスなのか、弓之進は鳥かごの隅で小さくなってしまった。見かねた珠生が舜平をそこから引き剥がすと、藤原が笑いながらこちらに歩み寄って来る。 「ははは、かわいいだろ? 働き者でね、私も助かってるんだ」 と、藤原は鳥かごの扉を開き、そこへ手を差し伸べた。するとちょんちょんと跳ねながら、弓之進が鳥かごから出て来て、藤原の手の上に乗った。 「手乗りだ、かわいいなぁ〜」 「身体が小さいからね、警戒心が強いんだ。もう少ししたら慣れると思うんだけど」 「触りたい……」 と、藤原の手の上で縮こまっている弓之進を触りたそうにしている珠生を見て、舜平はおもわず笑ってしまった。  するとまたインターホンが鳴り、誰かしらの来訪が告げられる。藤原の肩に乗る弓之進という図がなんだか不思議で、舜平はしげしげと二人(正確には一人と一羽か)の後ろ姿を見つめていた。 「やぁ珠生、来てたんだね」 と、慣れた調子で彰が現れた。マンション前で出会ったという湊をうしろに連れている。  二人から受け取った手土産を持って、藤原は「お茶でも入れようか」と言ってキッチンに入って行った。珠生が甲斐甲斐しく手伝いながら「キッチンもすごいですね」「そうだろう? キッチンがきれいだから、この歳で料理にはまってしまったよ。あはは」と盛り上がっている。 「葉山さんはこーへんのか?」 と、舜平は彰に尋ねた。 「ああ、うん。一応誘ったんだけど、『転生者のみんなだからこそ、藤原さんも話しやすいんだろうから』って、辞退してたよ」 「そっか、なるほどな」 「どうせまた、職員一同に向けても話があるだろうしね」 「せやな」  前世からの繋がりというものに、藤原がそこまで親しみを抱いてくれているのかと思うと、嬉しくもあり、そして同時に少し不安にもなる。いつだって堂々としていて、ここぞというときに力強い教えと言葉を与えてくれる藤原が、駒形司の件に関してはひどくナーバスになっている気がするからだ。  駒形に対して何か思い入れがあるのだろうか……と、思いを巡らせながら、舜平はにこにこしながら珠生と料理談義に花を咲かせている藤原を見た。

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