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三十九、愛のような、呪のような

「あ、ぁン、あ、っ……! ぁ、はぁっ」 「へぇ……深春って、そんな声も出せるんだ。かわいいね」 「も、やめっ……やめろ、馬鹿野郎っ……ぁ、ン、んっ……!」 「やめない。深春が抱いた女の人の匂いが消えるまで、やめないよ」 「ふっ……ンっ、ぁ、いく、いぐっ……ぁ、ああ、ッ、ん、んんっ……!!」 「ねぇ、またイッたの? 深春は何回、その人のことイかせてあげた? 深春の方がよっぽどイキやすい身体なのに」 「あ、はぁっ……ハァッ……はぁ……ぁあ」  床に四つ這いになった深春の腰を荒っぽく引き寄せ、最奥を狙ってペニスをねじ込む。絶頂間もない深春の内壁はきつく締まっているけれど、そこをあえてのように穿ち、中へと侵入してゆくことに、嗜虐的な快感を感じた。 「あ、やめっ……ァ、ん、んんっ……」 「女の人との最後のセックス、楽しかった? 深春はもう、女性を抱くことなんてできないんだからね」 「ぁ、あっ、くるし……っ、抜けよ、バカ……!」 「いいや、抜かない。何でかなぁ、出しても出しても、全然萎えないんだ。……どうしてだろうね」 「ァ!」  奥をぐりぐりといじめながら身をかがめ、深春の耳たぶを舐め上げる。舌にひっかかるリング状のピアスを舐めくすぐりながら、ツンととがって膨れた乳首にも指を這わせた。そうすると、また深春の腰がビクッと震えて、内壁がきゅうきゅうとうごめくのだ。薫はほくそ笑み、深春の耳元で笑った。 「その人も、こんな風にドロドロにしてあげたの? 奥で何回も何回も射精して、泣いてやめてっていうまで犯したの?」 「んなこと、するわけっ……ァ、ハァッ……」 「僕とするのと、女の人とするの、どっちが好き? こんな風に中イキさせられて喜んでるんだもん、深春は、僕にこうされる方が、好きだよね?」 「あ、ぁ! ……ッ、ぁん、んっ!」  両腕を引き、深春の上体を反らせながら、激しい抽送を繰り返す。ばちゅ、ちゅぶ、と結合部から溢れ出す薫の白濁が音を立て、深春の喘ぎと重なった。 「だから……っ、調子に、乗んなっつってんだろ……!! 俺はっ……アっ……」 「調子になんて乗ってないよ。僕はただ、深春の身体にすり込んでるだけ。僕とするのが一番気持ちいいんだってこと、分かってもらいたいんだ」 「あ、いくっ……また、ア、やめ、っ……ん、ンンっ……!!」  深春の前立腺の位置はよく分かっている。そこを執拗に狙い定めて腰を振れば、深春は何度でも絶頂し、ゆるく勃ち上ったペニスからとろとろと体液を漏らした。  普段はきれいに清められたフローリングの床が、今は二人の体液で濡れている。深春からむしりとった着衣は乱れ、あたりは酷い有様だ。 「こっち向いて、深春」 「ん……はぁ……は……」 「ああ……なんてエロい顔だろう。こんな顔、僕以外に見せられないでしょ? 恥ずかしいよね?」 「ん、あ、っ」 「ごめんなさいは? ちゃんと謝って、これから先こんなことをしないって誓うなら、やめてあげてもいい」 「はぁ……!? ふざけん……な、ッ」 「そっか、やめたくないのは深春も同じだよね。だってこんなにいっぱいイっちゃって、僕のコレ、離さないんだから」  敢えて音が響くように腰をぶつけながら、薫は嗜虐的な笑みを浮かべた。快感よりも、強く美しい深春を思うがままにしている状況に酔い痴れて、精神が興奮している。 「好きなんだ、深春が。誰にも触らせたくないんだよ、僕は。どうして分からないの?」 「あ、ひっ……ァ、ん、んぁ」 「あぁ……イイ、すごく気持ちいい……また出すよ、奥で……ッ……ん、はぁっ……!」  奥のさらに奥へと貫いて、種付けをするかのように深春の体内へと精を放った。  とうとう床へ倒れ込んでしまった深春の尻からペニスを抜くと、どろりと白濁が溢れ出す。  汗に濡れた深春の背中は美しい。肌をところどころ汚す血の色は、薫が食らいついた傷から流れ出したものだろう。だらしなく開かれたままの脚を閉じる気力も湧かないのか、深春は呼吸を乱してかすかに震えていた。 「深春。僕を見て」 「はぁ……はっ……んだよ、さわんな」 「いいから、こっちを見るんだ」 「んっ……」  ぐい、と上腕を掴んで引き起こすと、意外にも抵抗なく深春の身体は動いた。涙に濡れた頬、汗を含んでしっとり重たげな黒髪の下から、無防備な深春の視線が薫を見上げた。  さっきまであんなにも反抗的な態度だったのに、今の深春の表情はひどく満ち足りた表情に見える。薫は戸惑った。  そしてさらに、深春の口からこぼれ落ちた言葉に、薫は耳を疑った。 「俺……あの女とは最後までヤってねぇ」 「え?」 「誘われたからホテルまで行った。でも、お前のこと話して、関係、切ったんだ」 「……っ」  薫が愕然としていると、深春は低く喉の奥で笑った。そしてゆっくりと身体を起こしてソファにもたれ、全裸のままあぐらをかく。そして薫も、全身の血が冷えてゆくような感覚に支配され、深春の隣に腰を落とした。 「あんたホモだったんだ、気持ち悪ーってさ、すっげー笑われたわ。ははっ、ウケんだろ」 「……そんな、何で」 「どーせあたしに飽きただけなんでしょ、そんな嘘つくくらいならこっちから切ってやるってさ、気のつえー女だったわ」  他人事のようにそんなことを語る深春の肩に、薫は慌ててシャツを羽織らせた。さっき自分がボタンを引きちぎった深春のシャツ。指先に触れる生地の感触が、薫の罪悪感をざらりと撫でる。 「……どうして、すぐそう言ってくれなかったんだよ。僕、なんて酷いことを……」 「いーよ、俺は知りたかったんだ。お前が、どれくらい俺に執着してんのかなってこと」 「え……?」 「どのくらい、俺を手離したくないって思ってんのかなって」 「深春……」  深春は前髪をかき上げて、目尻の赤く染まった目元で薫を見た。  薫には、理解しがたいことだ。そんな嘘をついてまで、薫の気持ちを確かめたかったというのか? 普段伝え続けていた薫の言葉は、まるで深春に届いていなかったのだろうか。信じてもらえていなかったのだろうか。  つまらない嘘に逆上し、レイプのようなことをしてしまった。最も大切にしたい相手を傷つけるようなセックスをした……。  戸惑いのあまり黙り込む薫の頬を、深春の掌が撫でる。汗に冷えた深春の手だ。 「ははっ……大満足だわ。俺をレイプするお前の顔、サイコーだったぜ」 「そんな、何でこんなこと……! こんなことしなくても、僕は深春が好きなのに。こんな、試すようなことしなくても……!」 「好き、って。本当に?」 「え?」 「こんなことする俺を、お前は信じられんの? 恋人とか、そんな甘ったるいこと言ってられんの?」  ぐ、とうなじを掴まれて、薫は震えた。深春の瞳の奥には、疑心暗鬼の炎が揺れている。まるで、薫の言葉の真意を窺うように―― 「いいの? こんなことするんだぜ、俺。最低だろ」 「僕は、深春を大切にしたいよ! 本当にだ! そりゃ……こんな乱暴なことしておいて、どの口が言うんだって感じだけど……!」 「……」 「好きなんだ、深春が。自分でも、この感情をどうしていいか分からないんだ。深春を幸せにできたらって思うよ、でも、他の誰かに触れられるのは許せない。僕以外の誰かに、触れて欲しくもない……重いってわかってる。けど、」  唇に触れる柔らかなものが、薫の言葉を途切れさせる。しなだれかかってくる深春の重みとぬくもりに、薫ははっとした。 「深春……」 「……変なことして、悪かったと思ってる」 「いや……」 「でも俺は、これくらいしなきゃ信じらんねーんだよ。お前といると、訳わかんなくなるんだ。どうしてこいつ、俺なんかにこんなに優しくすんのかなって。どうして俺なんかを、あんなに大事そうに抱くんだろって……」  語尾が震え、首に巻き付いた腕に力が籠る。薫は、そっと深春の背中を抱き返した。 「僕だって分からないよ。……でも、大事にしたいんだ。深春を幸せにするのは僕でありたい。誰にも、渡したくない」 「……」 「そういう気持ちを、好きっていうんでしょ? 違うの?」 「……わっかんねーよ……俺、そんなの……」  嗚咽へと変わる深春の吐息が、愛おしくてたまらない。薫はさらに深春を強く掻き抱いて、噛み締めるようにこう言った。 「離さないよ、ずっと」 「……」 「何度だって試せばいい。深春の気が済むようにしてくれればいい。……僕には、深春しかいないんだ。深春だって、そうでしょ?」  普通の恋人のように、甘く囁くつもりだった。なのに己の口から溢れる台詞は、まるで呪詛のように昏い響きを持っているようで―― 「……怖いね、お前」  どこか諦めたような、それでいて安堵したような深春の言葉を遮るように、薫は強引にその唇をキスで塞いだ。

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