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十二、触れたい相手

*不毛な男女の性行為描写があります。苦手な方はご注意ください。  舜平は気乗りしないまま、梨香子のアパートにやって来た。二階にある彼女の部屋へ、のろのろと重い足を持ち上げて階段を登る。  呼び鈴を押すと梨香子はすぐさま飛び出てきて、舜平にぎゅっと抱きついてきた。小柄な身体を舜平の身体に密着させ、ふわふわとした茶色い髪を揺らしながら。 「遅いよ! ……ずっと待ってたんだから」 「……」 「ねぇ、抱いてよ。エッチしよう」 「え、いきなり?」 「ねぇ……」  梨香子は潤んだ目で舜平を見上げると、部屋に引っ張り上げ、自分からベッドの上に座った。そして、身に着けていた柔らかな素材のワンピースを脱ぎ捨て、全裸を晒す。小柄な割にスタイルのいい梨香子は、胸も大きくて腰もきゅっとくびれている。大抵の男ならば誰でも、それを理想的な女の身体だと喜んだだろうが、舜平の心には何も響いてこなかった。  しかし自分を裸で待っている女を放っておくわけにもいかず、舜平はシャツを脱ぎ捨てて電気を消すと、梨香子に覆いかぶさった。  梨香子の身体を抱きしめながらも、その瞼の裏に浮かぶのは、なぜか珠生の顔だった。  今日の不安げな表情や、怯えた表情を見ていると、何としてでも守ってやらなければと思った。今、珠生の力になれるのは自分しかいない。珠生のそばにいてやりたい……そんな考えばかりが、頭のなかをめぐるのだ。  舜平はふと、目を開いた。梨香子はうっとりとした表情で、じっと舜平を見上げながら細い腕を首に絡みつかせてくる。  誘われるままに、梨香子の形の良い乳房を柔らかく揉みしだき、乳首に舌を這わせて愛撫をする。梨香子の口から、女の声が漏れた。どうにか徐々に身体が昂ってくるのを感じながら、舜平は暗がりに浮かび上がる白い肌を虚ろに抱いた。  ふと、寝そべる梨香子の枕元に手をついて顔を見た瞬間、舜平は凍りついた。  そこには、長い銀髪を乱して舜平を見上げる、琥珀色の大きな瞳があった。挑戦的に自分を見上げながら、赤い唇を釣り上げる妖しい微笑み。どこか見覚えのある小生意気なその表情と珠生の面影が、一瞬だぶった。 「うわ……!!」  舜平は慌てて身を離し、ベッドの上に尻餅をついた。梨香子も驚いた顔をして身体を起こす。 「どうしたの?」 「あれ……?」  ――何もない。何もいない。幽霊の類も、ここにはいないのに……何でこんなものを見るんや。  せんじゅ、という名の少年。いったい自分に、どういう関係があるというのか……。 「……何でもない。後ろ向け」 「え?」 「バックでやる」 「ちょっ……待って……」  もう不可思議な幻を見たくなかったため、舜平は荒々しく梨香子の腰を掴むと、半ばねじ伏せるように後ろを向かせた。手早くチェストからコンドームを取り出し、口で袋を破いて身につける。背中を舌で撫で上げると、梨香子は体を反らして声を立てた。背後から胸を揉み、首筋に唇で激しく愛撫を与えると、彼女の身体がぴくんと反応する。  そして大した時間もかけず、舜平は梨香子に尻を突き出させると、そこに自分の男根をねじ込んだ。 「ちょっと! ……痛いじゃない……ああんっ……あんっ……ぁん……!」  舜平に慣れた梨香子の身体はすぐにそれを受け入れ、甘い女の声を上げ始めた。腰を丸い尻にぶつけていても、舜平の頭はどんどんどんどん、醒めていく。 ――何で俺は、好きでもないこいつを抱いてるんやろう。こいつも、何でこんな扱いされてんのに、喜んで腰を振ってるんやろう。  意味が無い……そう思った。  本当に触れたい相手は誰なのかと考えた時……すぐさま目の前に珠生の顔が浮かんだ。   ――なんで……。 ――もし、あの子にこんなことしたら、一体どんな声で、どんな顔で……。  舜平は乱暴に梨香子を抱きながら、その背に珠生の白い肌を重ねていた。絶頂の瞬間、舜平の心の中を満たしていたのは珠生だった。珠生の悶える姿を想像しながら、舜平は梨香子の中に射精していたのだ。  そんな自分に嫌悪感を抱かないはずがない。すぐに舜平は梨香子の身体から離れ、軽く上がった息を整えながらベッドに腰を下ろし、頭を押さえる。  ……分からへん。今日のことといい、珠生への異様な感情といい、自分のことが、分からない……。 「頭、痛いの?」  うつ伏せに寝そべった梨香子の手が、舜平の背に触れた。舜平はそれを避けるように立ち上がると、さっさと着替えを始める。 「何してんの、もう帰るつもり?」  梨香子の怒り声が、暗闇の中で重く響いた。舜平はジーパンを引き上げ、ベルトを締めた。 「やりたいって言うたんはお前やろ。済んだから帰る」  我ながらひどいことを言っていると分かっていたが、それ以外に言葉が出なかった。梨香子がショックを受けて息を呑む音が聞こえてくる。 「最低……さいってい! もうあんたなんか、知らない!」  最後の方は涙声になりながら、梨香子は舜平の背中にクッションを投げつけた。シャツを着込みながら、それを背中で受け止める舜平は、少しだけ後ろを振り返った。 「……ほな、もう別れよ。そろそろ無理やって、お前も分かってたやろ」 「……そんなの! 嫌よ!」 「何でや」 「それは……寂しいじゃん。ずっと一緒にいたのに」  梨香子は涙を堪えたような声で、そう言った。舜平はため息をつく。 「ほら、もう俺のこと好きなわけじゃないんやろ? ほんなら、もういいやん。終わりにしようや」 「そんなことない、好きだよ!」 「俺はもう、そういうふうに思われへん」  舜平はぴしりと梨香子にそう言い放った。梨香子は唇をかんで、悔しげに舜平を見上げている。その瞳の中に自分を思う感情など、舜平は一欠片も感じ取ることが出来なかった。 「ごめんな」  舜平は短くそう言うと、ドアを開けて外へ出た。バン! とドアにクッションが投げつけられる音が虚しく響く。  小走りに階段を降りて素早く車に乗り込み、すぐにアクセルを踏んだ。そうしないと、梨香子が追いかけてくるような気がして、面倒だった。暗闇を見据えながら車を走らせ、舜平はどろどろとした気持ちのまま家路につくのだった。  珠生に会いたかった。このままもう一度、珠生の元へ行き、あの頼りなげな細い身体を抱きしめて、ありったけの愛撫を与えてやりたい……そんなことすら考えている自分が、途方もなく厭らしい生き物のように思えた。 「くそ……! 訳わからへん!」  舜平はぎゅっと唇を結び、暗い道路を走る。  行く先の見えない暗闇を、じっと見据えながら。

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