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十三、夢の断片
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鉛のように重い身体を追い立てる怒号と、呪いの言葉。身体が内側から裂けるような痛み、吹き上がる血しぶき。地を蹴る脚が、ひどく重い。
肩に突き立った矢が、どんどん妖力を奪っていく。
見えるのは、暗く、深い森。そして、月のない空。
痛い……痛い……! 怖い……誰か、助けて……!
仲間たちの気が一つ一つ、弾けるように消えていく。僧兵どもの仕掛けた呪詛が、確実に白珞 族を滅亡へと追い詰めてゆく。
憎い、憎い。仲間たちを死に追いやった人間が、憎い。
殺してやる、仲間を奪った人間どもを、殺してやる……!!
俺を孤独に追いやった僧兵共を、殺してやる……!!
✿ ✿ ✿
「うわあぁ!!」
珠生は叫びながら目を覚まし、かばりと起き上がった。そして咄嗟に、矢が刺さっていたはずの左肩を押さえる。
――あれ……? 何もない。傷も、身体の痛みも、追ってくる者達の気配も、何も……。
見回すとそこは、珠生の部屋。
窓の外はまだ薄暗く、何の物音もしない、静かな明け方。
ぐっしょりと汗をかき、呼吸も乱れている。何という生々しい夢だろうか。まるで自分がそれを体験したかのような錯覚に陥るほど、リアルな感覚だった。
あの痛み、焦りと憎しみ。
生まれてこの方味わったこともない強烈な感情の残滓が、珠生の胸をひりひりと焦がす。
珠生はベッドから降り、シャワーを浴びるべくふらふらと浴室へと向かう。健介はまだ寝ているらしい。当然だろう、時計は午前五時過ぎを指している。
肌に張り付くTシャツを脱ぎ捨て、熱い湯を浴びていると、段々頭がすっきりしてくる。
――ただの夢だ、あんなのは……。
昨日、怪しい男の人たちにあんなことを言われたから、変な夢を見ただけだ。
大丈夫……。大丈夫。今日から俺は、普通の高校生生活を送るんだ。何も起こるはずはない……。
ふと浴室にある鏡に目を留め、真っ白な自分の肌を見つめる。明るいライトの下で、そこに写っているのは確かに珠生だった。
この間、窓に映った白い少年の姿……。
あれが、せんじゅと呼ばれた少年の姿なのか? それが、俺の前世だと……。
輪廻転生だとか、魂とか……訳が分からない。
❀
「珠生、もう起きてたのか」
髪をタオルで拭きながらダイニングに出てくると、キッチンに明かりが灯り、そこで健介がコーヒーを沸かしていた。珠生はほっとした。
「あ、うん。昨日は寝るの早かったから」
「そうか、昨日も僕は遅くなっちゃったからなぁ。ごめんな」
「いいよ、仕事だろ」
「でも今日の入学式は行くからね」
健介は嬉しそうにそう言って、ぐっと親指を立てた。
「え、いいよ……。恥ずかしいし」
「何で!? いいじゃないか、父さんもたまにはそういうことしたいからさ! ほら、案内にも保護者参加でって書いてあるし」
「……いいけど。あんまり近くに来ないでよ」
「そんな……」
健介はショックを受けたようだ、がっくりと肩を落としてしまった。珠生は苦笑しながら、父からコーヒーを受け取る。
「やっぱ思春期だものなぁ……父親とか、鬱陶しい年齢なんだよな……」
パンを焼きながらブツブツ独り言を呟いている父親の翳った背中を見て、珠生はまたひとつため息をついた。
うん、普通の朝だ。
大丈夫、日常はここにあるんだ。何も恐れることはない……。
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