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十四、新生活の始まり

 真新しい制服に身を包み、スーツ姿の父親と連れ立って歩くのは、いささか気恥ずかしいものがある。しかし、こんな体験に縁遠かった珠生にとって、それはくすぐったくも嬉しいものでもあった。  両親はいつも仕事を優先していたため、珠生らの参観日や体育祭などの催し物に、一切参加したことがないからだ。  珠生が住むマンションは、地下鉄松ケ崎駅から徒歩十分ほどの場所にある。二人は朝の通勤時間で混み合った地下鉄に乗り込み、地下鉄で十五分ほど先にある、私立明桜学園高等部の最寄り駅まで向かう。隣に立つ健介は嬉しそうに、この地下鉄がどこまで行くのか、奈良へ行くときはこれ一本で行けるだとか、聞いてもいないことを一人でずっと話し続けており、珠生は淡々と相槌を打ちながらその声を聞いていた。  暗い窓に映るのは、白いカッターシャツと、紺地に細いシルバーの斜めストライプが入ったネクタイを締め、淡いグレーのジャケットを羽織った自分の姿だ。下は黒いスラックスに黒い革靴と、落ち着いた色味の制服である。肩に掛けた学校指定の濃紺色のサブバックは、今日は持ち物が少ないため羽のように軽い。 「よく似合うなぁ、制服。父さん、お前のこんな初々しい姿を見れるなんて思ってなかったから、嬉しいよ」  高校の最寄り駅、烏丸御池駅で列車を降りると、先に降りて珠生を眺めていた健介が、若干涙目になりながらそんなことを言った。珠生は少し顔を赤らめ、そんな父親を促して学校へと向かうべく地上へと向かう。  明桜学園高等部は、烏丸御池駅から歩いて五分ほどの好立地にある。御池通りから北へ一本入った道をゆくと、明桜高校の広々とした敷地が横たわっているのだ。  舜平が言うように、ここは関西でも屈指の進学校だ。そのため、珠生のように他県からも生徒が沢山集まることでも有名だった。  白い校舎自体は古さがあるものの、小奇麗に保たれているため過ごしにくそうな印象は受けない。  珠生は広いグラウンドを横切りながら、同じように保護者連れで歩く少年少女たちに目を向けた。皆、どこか緊張した面持ちと、新生活に胸を膨らませる面持ち両方を見せながら、式典の行われる体育館へと向かっている。  父親と別れて、指定されたクラスの席へと向かう。こういう形式張った場面があまり得意ではない珠生は、緊張した面持ちで指定された列に向かって歩いた。柔らかな栗色の髪をした珠生の姿は目立っているらしく、先に座っている生徒たちの目線が、何だか痛い。  一年生はAからFまでのクラス分けがなされていて、珠生は1年A組である。珠生が着席した途端、隣に座っていた男子生徒は珠生の顔をしげしげと見つめ、ひそひそと声を掛けてきた。 「なぁ、それ染めてんの?」 「え?」 「髪、茶色いから」 「いや、地毛だよ」 「ふうん」  男子生徒は珠生の横顔を、尚も物珍しそうに見つめている。居心地が悪くて、珠生はちょっと顔を背けた。 「ひょっとして、ハーフか何か?」 「ううん、純日本人だけど」 「白いなぁ、色」 「まぁね」 「俺、大北正也(おおきたまさや)っていうんだ。よろしく」 「……沖野珠生です。よろしく」  何となく、二人は目を見合わせて笑った。珠生はほっとしていた。緊張はしていたものの、取り敢えず、普通にクラスメイトと話が出来た。人付き合いに苦手意識のある珠生にとって、それはなかなかの偉業なのだ。  空いていた珠生の隣にも、続々と生徒が座り始める。そして、かすかに流れていたクラシックが鳴り止むと、厳かに入学式が始まった。

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