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二十四、鬼門を塞ぐ結界術

「ここ京都には、巨大な結界が張ってある。この国……日本の要を守るための、重要な結界だ」 「……」  二人はぽかんとして、重々しい口調でそんなことを言う藤原を凝視した。藤原は、構わず続ける。 「鬼門という言葉くらいは知っているかな? ここ、人間の世界である『人境』と、いわゆる魔物の世界である『魔境』を隔てる門のことだ。鬼門が開いてしまうと、そこから人間にとって良くないものが入り込んでしまうんだよ。人心を惑わせ、人々を争わせ、憎しみ合う人々の怨念を食い物にする悪鬼が、この世界に侵入して世を乱すんだ」 「……鬼門、ですか」  寺の生まれである舜平には、その言葉はさほど縁遠いものではないのだろうか。噛み砕くように藤原の言葉を反芻する舜平を見上げながら、珠生は目を瞬いた。今まで霊的なものになど何の関わりも持たず生活をしてきた珠生にとって、今のこの状況こそが漫画や小説の中で繰り広げられているフィクションのような気がしてならない。 「結界が張られていなかった頃は、妖と人とはもっと近い位置で暮らしを共にしていた。今よりもずっと夜闇は深く、光の落とす影に人々は妖の気配を感じずにはいられない……そういった不可思議なものの溢れる、混沌とした世界だった。妖の中には人をかどわかし、人を喰らい、人に化けて悪行を尽くすものもいたが、人と馴染んで暮らす妖も多くいた。……人工の灯りが当たり前のように氾濫する現代となっては信じ難いことだろうね」  藤原はゆったりと物語を紡ぐような口調で、先を続ける。 「しかし、千二百年ほど昔……平安時代の頃のことだ。魔境の乱れが、人境にひどく悪い影響をもたらすという『(ひずみ)の時』に入ったのだ。それを見過ごせなくなった私たち……安倍晴明様を祖とする我ら陰陽師衆は、人境と魔境の均衡を守るため、鬼門を塞ぐ結界を張ったのだ。そして百十数年に一度の頻度で、その結界を張り直してきた。そして今年はその年にあたる」 「……」  二人は状況が飲み込み切れない様子で、目を合わせる。それを見て、今度は彰が口を開いた。 「僕らは、五百年前に生きていた魂だ。その頃は今までになく世界の均衡が危うい『歪の時』でね、僕らだけの力では魔境からの影響を防ぎきることが出来なくて、結界を張り直すのに千珠の妖力をかなり使わせてもらったんだよ。そして今もまさに『歪の時』。今回の結界術発動にも、千珠の力が必要なんだ」 「千珠の、力……?」 「その内思い出すだろうがね」 と、藤原は優しく珠生に微笑む。 「『歪』を抑えて結界を張るというのはただでさえ難しい術式なのに、千珠さまの妖力を組み込むという離れ業を用いたせいで更に難解な術式となってしまった。だから我々はわざわざ輪廻転生の(しゅ)を自分にかけて、こうして同じ時代に蘇ってきたわけだ」 「あんたら二人にはっきり記憶があるのは、自分たちで術をかけたから……ってことか?」 と、舜平が口を挟む。 「その通り。ちなみに、千珠さまと舜海にも、了解を得て同じ呪をかけている」 「……俺にも?」 「そう。舜海と千珠さまの関わりは深いからね。舜海は千珠さまの気を高めることのできる唯一の術者だった上に、彼の良き理解者だった」 「……」  珠生は、舜平の横顔を見上げる。こうして自分の隣にいる舜平の姿に、ついさっきまでは感じ得なかった既視感を覚えることに、珠生は気がついていた。 ――こうしていつも、隣にいて自分を支え、守ってきた男……。  珠生の視線に気がついた舜平が、気遣わしげな眼差しを向けてくる。その目線に見つめられるだけで胸が高鳴ってしまうことに、珠生は逃れようのない宿命のようなものを感じた。

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