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四十二、草薙の在処

 そして四人は、タクシーを使って京都御所へとやって来た。  タクシーを降りると、ざっと強い風が木々を揺らす。  休日の京都御所は、いつもならば散歩をする近所の人々や観光客であふれているが、今日は各所に警官が立ち並び、完璧な人払いが施されていた。珠生と湊はあまりの物々しさに顔を見合わせつつ、悠々と先歩く藤原と彰の後に続いた。  丸太町通に面した門の一つに進むと、藤原はスーツの内ポケットから黒い皮の手帳のようなものを取り出し、門の前に立っている警察官に見せた。それだけで、あっさりと警官は身体を除けて、藤原の進入を許すのである。 「あぁ、この子たちもいいんだ」  藤原がそう言うと、怪訝な表情を浮かべながらも警察官は高校生三人を中へ通した。警察官の視線を背後に感じながら、一行は進む。 「あの事件があってから、あまり人が寄り付かなくなったのは、今回に関して言えば好都合だよ。今ばかりは、一般人には危険な場所だからね」  じゃりじゃりと白い玉砂利を踏み鳴らしながら、藤原は先日事件があった場所まで進んできた。  もう血の跡などはきれいに清められているが、築地塀を抉るようにつけられた傷跡は、あまりにも禍々しい。  テレビの映像で見るのと、実際に現場を前にするのとでは、全く感じが違う。珠生はぞっとした。この壁の向こうに、草薙が安置されているのだ。  重厚な門をくぐりぬけ、藤原に案内された場所には、一つの小さな建物があった。歴史を感じさせられる静謐な雰囲気を湛えた、小さな寺院のような建物である。重たげな木の扉には、花弁を開いた睡蓮が彫り込まれていて、それは見事なものであった。藤原はそれをそっと押し開き、建物の中へ入っていく。 「あ、藤原さん」  中には、女が一人いた。黒いスーツ姿の、背の高い女が入り口のすぐそばに立っている。その向こうには座敷があり、法衣姿の三人の男が座っている。 「葉山。手はずは?」 「ばっちりですよ。あら、その子たち……」 「そう。彼らが、結界術を成す術者だ」 「へぇ……。例の子はどの子ですか?」 「いちばんうしろの、小柄な子だよ」  建物の中を見回しながら、耳半分に大人たちの会話を聞いていた珠生は、ふと自分のことを言われていることに気づいた。葉山と呼ばれた女が、すたすたと自分の方へ歩み寄ってくる。 「へぇ、可愛い子……。不思議なもんですね、こんな普通の子達が、転生者だなんて……」  葉山はしげしげと珠生の顔を覗き込む。  二十代後半くらいだろうか、その女は長い髪を揺らして首を傾げた。流した前髪から形良く整えられた眉がのぞき、好奇心の強そうな目に知性が光る。きりりとした賢げな女である。 「……あの、何ですか」  あまりに見つめられ、居心地が悪くなった珠生はそう言った。 「あ、ごめんね。みんなすっごくかっこいいからびっくりしちゃって」 「はぁ……」 「だってそうでしょ? 京都を守ろうっていう少年たちがさ、オタクっぽかったり不細工だったりしたら、なんかこう、締まらないじゃない?」 「はぁ……」  ちゃきちゃきとそんなことを言う女にやや圧倒されながら、珠生は気のない返事をした。 「こら、ちゃんと自己紹介しなさい」  藤原にたしなめられると、女はしまったという顔をしてから、名刺を皆に配った。そこにはこう書かれている。『日本政府 宮内庁 特別警護担当補佐官 葉山彩音』 「私、こういうものです。藤原さんの部下。よろしくね」  女はにっこりと笑った。軽く首を傾げるのは、彼女の癖らしい。 「葉山は陰陽師の家系のものでね、なかなかの力を持っているんだ。だからこういう案件の時は、いつもつれて歩いている」 「ふうん、業平様の……藤原さんの部下ですか」  彰は面白くなさそうに、その名刺を胸ポケットに入れた。以前は業平の腹心であった佐為であっただけに、その座を奪われた気がしていい気がしないのだろう。 「あら、君も男前ね。君は何するの?」 「僕が術式を行います。で、あなたは何をするんです?」  明らかに喧嘩腰な口調で葉山を見下ろす彰に、葉山は笑った。 「へぇ、君がそうなの。私はね、後方支援。邪魔が入らないように、周囲を固めるのが仕事」 「ふうん、本当にできるの? こんな現代人に?」 「あら、現代人だからって馬鹿にしないでくださる? こういう時代の節目節目のために、私たちはずっと修行を義務付けられてきたのよ」 「へぇ〜〜、そりゃ楽しみだな」 「こらこら、佐為、やめないか」  藤原に注意され、彰は不機嫌な顔をしながらも身を引いた。葉山はじっと三人を見比べて、「なるほどね、これが古文書にあった転生者か」と呟き、そしてもう一度珠生を見た。 「いや、ほんと。可愛い子。それにこの……妖気、すごいわ」 「わかるんですか」 「分かるわよ。私ね、あなた達の前世ことは、小さい頃から御伽噺のように聞かされて育ったのよ。この国を裏から守ってる、英雄たちの物語として。……今ここに、私の目の前にいるなんて……お姉さん感動だな」  目をきらきらさせながら珠生を見つめる葉山の肩を、藤原はすっと引いた。 「そのくらいにしときなさい。はじめるぞ」 「あ、すみません。つい」  藤原について奥座敷へと進む。建物の中は思ったよりも広いようだった。座敷に座っていた三人の男たちは藤原を見て、深々と頭を下げる。 「ご苦労様。さて、移送作業を開始しよう。葉山、車を回しておいてくれ」 「はい」  葉山は頷き、きびきびとした足取りで建物を出ていく。  藤原は珠生たちの方へ向き直り、法衣の男たちを紹介した。 「彼らは延暦寺の僧侶だ。移送中の防御結界術を行なってもらう」 「僕は入らなくても?」 と、腕組みをした彰が、相も変わらず面白くなさそうな顔で、そう尋ねた。 「佐為にはいざって時に動いてもらわないといけないからね」  そう言って、藤原は彰に笑顔を向ける。 「藤原様、やりますか」  法衣姿の男の一人が、藤原に声をかけた。 「ええ、お願いします」  法衣姿の男たちは、息を合わせて畳の一枚をめくった。木の床板が出てくるかと思いきや、そこには分厚い鉄板が出現する。藤原はその傍らに跪くと、小さなテンキーを操ってピ、ピと電子音が響かせた。暗証番号でも入力しているのだろう。最後にピーッと長い音が響きわたった直後、ゴゴン……と重たく冷たい音が彼らの足元を振動させ、鉄の床がゆっくりとスライドして口を開いてゆく。 「うわ……」  思いの外近代的な装置であることに、珠生は驚きを隠せないでいた。隣にいる湊もごくりと喉を鳴らしている。彰は腕組みをしたまま、じっとそんな一連の動きを無表情に眺めていた。  ぽっかりと空いた鉄の壁の下から、ウイィン……とモーター音が微かに響き、ちょうど日本刀が一本収まるくらいの大きさの黒い箱がせり出してくる。がしゃん、と埋め込まれていた持ち手を引き上げると、法衣の男たちが力を込めてそれを持ち上げる。大分重そうだ。 「……中を改めますか?」 と、法衣の男の一人がそう言った。藤原は黙って頷くと、その箱の横に膝をついて、装着されたもう一つのテンキーに数十桁の数字を打ち込んでいる。  プシュ……と空気の抜ける音がして、ガチャンと厳重なロックの解錠される音が、和室に響いた。  藤原が蓋を開くと、そこには黒っぽいスポンジのようなもののなかに収まった、一振りの太刀が姿を現わす。  その太刀を見て、珠生の心臓が、ドクン、と反応する。 ――確かに見たことがある。柄に施された細かく美しい装飾、青銅のくすんだ色の鞘。  これは千珠の妖気を吸い、彼の力を増幅させて海神を退けた、あの、草薙の剣だ。 「こんな所に……」  珠生は思わず呟いていた。湊と彰が珠生を振り返る。藤原は剣が確かに入っていることを確認すると、再びその蓋を閉めてロックした。 「懐かしいかい?」 「……はい」  藤原と珠生のやり取りを、法衣の男たちは怪訝な表情で見つめている。

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