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四十一、会談

 地下鉄に乗って、京都駅へ向かう。  春先の京都は、観光客や花見客で非常に賑やかだ。外国人の姿も目立つ。  皆うきうきとした笑顔を浮かべて、ぞろぞろと観光地へと繰り出すのだ。地下から地上へエスカレーターで浮上した珠生は、エネルギーに満ちた人々の持つ力強い気配に圧倒されていた。  昔から人ごみは苦手だったが、人の持つ“気”のようなものが何となく分かるようになってからは、余計に人混み嫌いが加速してしまったような気がする。  珠生はため息をついた。  うっすらと雲の掛かった空だが、今は雨は降りそうにない。珠生は京都駅ビルの巨大さに改めて驚きながら、指定されたホテルのロビーへと足を進めた。  重厚感のある広々としたロビーの黒い床を踏みしめながら、珠生はあたりを見回した。ふと、誰かが歩み寄ってくるのに気づく。 「珠生くん」  そちらを見ると、藤原修一がぱりっとしたスーツ姿で立っていた。珠生を見るとにっこりと微笑み、軽く手を上げる。 「……どうも」 「お腹空いてないかい? 上の店を予約してあるんだ。込み入った話になるから、個室でね」 「はぁ。わかりました」 「まぁそう固くならないで。佐為と湊くんも呼んでいるから」 「湊も?」  ――あれ、湊のやつ、そんなこと一言も言ってなかったのに。そう言えば、湊の携帯アドレスや番号、まだ知らないな……。  珠生がそんなことを考えながら藤原の後をついて歩いていると、どこからともなく当の湊が現れた。その自然さに驚く。 「……どうも、こんにちは」 「おお、来たね」 と、藤原は湊にも微笑んだ。 「まるで忍だなぁ」  珠生は横に並んだ湊を見上げてそう言った。黒い綿パンに白いシャツと紺色のジャケットという出で立ちの湊は、とても珠生と同じ年には見えない。対して珠生はいつものように、ベージュのチノパンにTシャツとパーカーを羽織っただけのラフな格好である。  三人はエレベーターに乗ると、レストランや料亭の並ぶ階に上がった。そこからは京都の街並みが一望でき、珠生は高いところから見渡す京都の街に思わず見入った。  個室に案内されると、そこにはすでに斎木彰が座っていた。  彰はデニム地の長袖シャツを着て、ベージュのパンツを履いている。腕にはめられた銀色の腕時計とともに、黒っぽい数珠がきらりと光った。 「時間ピッタリだね」  彰は三人を見てにっこり笑った。彰の向かいの上座に藤原が座り、その隣に珠生、彰の隣に湊が座る。  オーダーを済ませると、藤原はスーツの上着を脱いで息をついた。 「お疲れですね、業平様」 と、彰が気遣う。 「ああ、いや。会議がたてつづけにあったものでね。やれやれ、やはり東京は疲れるよ」 「こっちに住まはったらいいのに。転勤、無いんですか?」 と、きっちり正座をして茶をすすりながら湊がそう言った。 「なくはないんだけどね。……そろそろ申請してもいい頃かもな」  そんな世間話をしているうちに、美しい黒塗りの弁当箱に入った食事が運ばれてくる。きっちりと着物に身を包んだ店員が、手前にいる珠生の顔をちらちらと見て去っていく。傍目には、大学教授とその学生というくらいの図に見えただろう。 「ま、食べようか。私も腹が減っていた」  藤原はさっさとふたを開けると、合掌してから箸を取った。皆がそれに倣う。  京都らしく、美しい色彩の食事だった。薄味なところは雅やかだが、関東育ちの珠生にとっては少し物足りない味ではある。 「佐為に聞いたよ。珠生くん、学校で色々大変なことがあったそうだね」 「あ、はい……。でも、先輩に助けてもらったので」  食事を取りながら、藤原は隣に座る珠生を気遣う。 「先輩、か。面白いな」  藤原は楽しげに笑うと、向かいに座る彰を見た。 「可愛い後輩のためなら、なんでもしますよ」 と、彰。 「じゃあ俺がなんかなったときも、お願いしますよ」 と、メガネを上げながら湊がそう言った。 「君には、僕の力なんて必要ないだろう」 と、彰は弁当をぱくつきながら湊を見やる。 「だって忍の血が流れているんだもの」 「まぁ、そらそうですけど」 「はは、何だか不思議な同窓会のようだな」 と、藤原はにこやかにそんなことを言った。食事のペースが早い。本当に空腹だったようだ。 「猿之助のことも聞いている。まったく、どこまでも厄介な男だ」 「ええ……。あ、どこに草薙を動かすんです?」 と、珠生が尋ねると、その問に、藤原はぐいっと茶を飲んでからこう言った。 「比叡山延暦寺だ」 「延暦寺……」 「平安時代、朝廷と延暦寺の関係はよろしくなかった。強力な武力と法力を使って、何度も朝廷を脅かす面倒な勢力だったからね。でも、現在となってみれば、あそこは地の力が強いから結界術も張りやすい。そこの住職と私は知り合いだし、すでに何人か術者も借りる手はずが整っている。皮肉なものさ」 「現代にも、結界を張れるような術者がいるんですか?」 と、珠生は目を丸くした。 藤原は微笑む。 「うん、あそこは代々、そういう力を持つ者が集う場所だ。知る人ぞ知る、といったところかな」 「そうなんですか」 「そして、まぁ何のご縁か、相田舜平くんのご実家の寺も比叡山系の末寺だ。この間行ってみて、驚いたよ」  藤原と彰は顔を見合わせた。珠生たちを追って舜平の実家に訪れた時のことを言っているのだ。  湊は淡々と食事を進めながら、「いつ、動かさはるんです?」と言った。 「今日の十三時だ。だから君たちにも来てもらった」 「えっ」  珠生は驚く。まさかそんな用事があっただなんて。 「君にも見ておいてもらいたいんだ。草薙を」  珠生の顔を見つめながら、藤原はさらにこう言った。 「一緒に来てくれるかな? 無理は言わないが」 「……はい、ご一緒します」 「それは良かった」    四人はこの一週間のことを話し合いながら、食事を続けた。  個室の窓から見える空は真っ白で、春霞。  その背景は、桜の花びらをかき消すほどの、乳白色の空である。

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