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21 夜が更けて

 珠生はシャワーを浴びてから、リビングで一人、本を読んでいた。  一人で過ごすようになってからというもの、珠生はよく本を読んだ。読書家である父の本棚から、小説、新書、雑学本、専門書……活字ならなんでも良かった。読めるものは全て読みたかった。  初めは、空っぽの時間と空っぽの身体を活字で埋めるかのような読み方をしていたが、最近は楽しんで読書をすることができるようになってきた。  お気に入りは古典文学だ。  過去に親しみがある分、きっと古典に関しては身体が受け入れやすいのだろうと、珠生は解釈していた。  ソファに寝っ転がって活字を追っていると、さすがに眠たくなってくる。昨夜は舜平とのセックスに高じていたため、余計だ。  時計を見ると0時を回ったところだった。珠生は寝ることにした。  のろのろとソファから起き上がると、インターホンが鳴った。手に持っていた本を取り落とすほどに驚く。  こわごわカメラの画像を見て、また驚く。 「……舜平さん」  ドアを開けると、舜平が立っていた。珠生を見て、微笑む。 「よう」 「……なんで?」 「これ、北崎から」  舜平は、玄関に立ったまま、紙袋をひとつ珠生に手渡した。中を見ると、白いアルバムが入っている。 「お父さんが帰ってくるなら、見せてあげて欲しいってさ」 「ああ……今までの写真だ」  中を開けてパラパラとめくっている珠生の目がきらめく。舜平を見上げ、微笑んだ。 「ありがとう。明日帰ってくるし、見せるよ」 「ああ、そうしたり。ほんじゃな」 「上がってかないんですか? ……何か暖かいもの、飲んでいってよ」  珠生が舜平のダウンジャケットの裾を掴んだ。舜平はつんのめりかけて、ドアに思わず手をついた。 「あ、ごめん……」 「いや……。ほんなら、ちょっとだけ寄らしてもらおうかな」 「うん」  珠生は素直に嬉しそうな顔をした。その愛らしい表情に顔に、舜平はまたくらりとする。  ほとんど電気の消えていたリビングに、珠生はまた明かりをつけた。舜平は少し遠慮がちに、「寝るとこやったん?」と言った。 「うん……本読んでたら、眠たくなって」 「明日もあるんやし、もう寝たほうがええよ。お前、全然寝てへんやん」 「あ……うん。でも……」  珠生はカウンターに手を置いて、曖昧に頷いた。舜平は自分で言っておいて、少し赤面した。珠生を寝かさなかったのは自分なのである。 「寝たら、舜平さん帰っちゃうだろ」 「え?」  珠生の目は、淋しげだった。  ――おい、やめろ。そんな目で俺を見るな。  舜平は額に手を当て、思わず目をそらす。抱きしめたくなるからやめて欲しい。 「そら……まぁ」 「じゃあ、もう少し起きてる」 「……いや、でも」  昼間はあんなに生意気だったのに、なんで今はこんなに素直なのだと、舜平は混乱する。  珠生はキッチンへ行こうとしているようなのだが、舜平は珠生の肩をそっと掴んだ。 「ほな、寝るまで部屋におったるわ。お前が寝たら帰る。それでいいやろ?」 「え?あ……はい」  珠生は安堵したように笑って、キッチンの明かりを消した。  +  +  もぞもぞと布団に入る珠生のベッドの横に、勉強机の椅子を持ってきて座ると、舜平は少し身震いした。  眠る時には暖房を入れない主義の珠生の部屋は、きんと冷えきっている。 「……寒いよね」 「ああ。でも大丈夫やで」 「……こっち来て下さい」 「いや、でも……」 「俺も寒いから、暖を取らせてよ」 「……しゃあないな」  大昔も、こんな会話をしたことがあるような気がした。舜平はダウンジャケットを脱いで、珠生の隣に入り込む。  つい昨日、ここで珠生を壊すほどに抱いたというのに、また戻ってきてしまった。今日は絶対に手を出さないでおこうと、舜平は固く心に誓った。 「……暖かい」  仰向けになっている舜平の腕にくっつくように、珠生は横になっていた。服を着ているとはいえ、目を閉じれば全てを思い出せる珠生の身体をそばに感じて落ち着かず、舜平は敢て難しいことを考えていた。 「……もう寝ろ。夜更かしはあかんで」 「……あなたに言われたくありません」 「……」  眠たげに重い声をして、目をこすっている珠生を見て、舜平は腕を上げた。腕の中に抱え込むようにして、珠生に腕枕をしてやる。 「寝やすいやろ」 「……はい」  珠生は微笑んだ。無意識に言っているのか、舜海といい舜平といい、この台詞が好きらしい。  舜平の体温に包み込まれ、珠生はとろとろと心地よい眠りの中へと誘われていく。規則正しい穏やかな寝息を立てて、珠生は眠った。  珠生の寝顔は、比喩ではなく天使のようだった。薄明かりの中、透き通るような白い肌が、艶やかに光る。いつまで見ていても見飽きることのない、美しい寝顔だ。 「……帰れへん」  舜平は呟いて、珠生の頭を撫でた。  さらりとした髪が舜平の指に絡みつく。それがとても心地よかった。

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