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一、高校二年生

 珠生は、高校二年生になった。  今年度も担任となった若松太一教諭の計らいか、珠生と湊はまた同じクラスとなっていた。  そして、終業式の前日に、珠生に声をかけて来た三谷詩乃、そして去年珠生の隣の席だった吉良佳史も同じクラスである。  二年A組、三階から二階になった珠生らの教室では、今日も賑やかに朝の時間を迎えていた。  天道亜樹は、隣のB組だ。  去年よりも監視の目が行き届きやすくなったことを、珠生と湊は少し喜んだ。しかし、亜樹は特に何の問題を起こすこともなく、駒霊を呼ぶこともなく、落ち着いた日々を送っているように見えた。  宮尾柚子との暮らしも落ち着いて、やや乱れがちだった身なりもきれいに整い、全てを切り裂くような目付きも今はごくごく穏やかだ。  今の珠生の席は廊下側の一番前で、階段を登ってきた生徒をもれなく眺めることができる落ち着かない席だった。その日も、始業ぎりぎりでA組の前を通過していく亜樹の姿を見つける。  涼しい朝の風を入れるために全開にしている窓から何となく彼女の姿を見ていると、じろりと亜樹が珠生を一睨みしてから通過していく。珠生はぎょっとして、ついていた頬杖を浮かせた。亜樹はつんとして、挨拶もせずにさっさと行ってしまう。 「……何で睨むんだろう」  人知れず、珠生はため息をついた。  +  +  珠生は特に問題なく、学校生活を送っていた。  若松にうるさく小言を言われることも、呼び出しを食らうことも減った。それでも尚、席替えでは何故かいつも一番前の席にされる。  真面目に学校へ来ている理由の一つとして、斎木彰によって生徒会に引きずり込まれたことも大きかった。  三年生になった彰はそのまま生徒会長となり、副会長に柏木湊を指名した。湊の成績や生活態度を考えれば、それは誰の目にも妥当な選択であり、文句を言う教員もいなかった。   放っておくと堕落するという不名誉な烙印を押されている珠生は、彰によって生徒会書記という何をするのかよく分からないポジションに就かされていた。要するに、生徒会にまつわる雑用をする係なのだ。  なんだかんだと忙しい今の生活の中で、珠生は学校生活を平凡に送っていた。 「沖野くん、今日日直だよ」 と、三谷詩乃が学級日誌を持って近づいてきた。朝のホームルームが終わり、若松太一が教室から出ていったすぐ後だった。 「あ、そっか。ありがとう」  昨日の日直だった詩乃が、珠生に学級日誌を手渡す。もう一人の日直は今日は欠席しているようだった。 「今日は一人か」 「何かあったら言って、あたし、手伝うわ」 と、詩乃はにっこりと微笑んでそう言った。亜樹に睨まれたばかりの珠生は、そのほっこりとした笑顔に少し癒される。 「ありがとう、三谷さん」  そう言って珠生が笑顔を見せると、詩乃ははにかんだように笑ってささっと席に着いてしまった。  学級日誌を開き、詩乃のきれいな字を見ながら今日の時間割を書いていると、湊がやってきて珠生の前に立った。 「なぁ、今日もやるやろ? 勉強会」 「あ、うん。中間前だからって、先輩が」 「了解。……最近先輩、なんか元気ないて思わへんか?」 「……そうかな。うーん」  湊に言われ、珠生は最近の彰の姿を思い出そうとした。  妖の事件が減り、三人が夜な夜な出歩く必要性はかなり減ってきていたため、一時期は頻繁に会っていた彰とも会う回数が減っている。加えて、高三になった彰は模擬試験も多く、なんだかんだと忙しそうにしているのだ。 「疲れてるのかなぁ……とは思ってたけど……」 「そっか。まぁそんな気になるほどじゃないか。いやさ、いつもの調子が出てへんような気がしてさ」 「今日、ちょっと聞いてみよっか」 「まぁ、いいやろ。俺の気にし過ぎかもしれんし」  湊は肩をすくめて、窓際の席へと戻っていった。その時、始業を告げるチャイムが鳴った。

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