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十一、珠生の状態
珠生はぐったり疲れて見廻りから戻った。
明るい宿のロビーを歩いていると、ようやく人心地ついてほっとする。
この土地で過ごしていると、思いの外体力を奪われる。となりで彰が、心配そうに珠生を見つめている。
「つらそうだな。珠生、身体はどんな感じ?」
「……呼吸をする度、霊気を持っていかれるような気がします。でも……逆に妖気は高まってくる感じっていうか」
「そう……。ここは厳島とは比べ物にならないほどの霊威ある場所だ。神威 といってもいい。半妖の君はバランスが取りづらくてつらいのかもね」
「神威……」
「なんだろうな、この土地が、君の強い妖気にえらく反応している感じもする」
「……確かに歓迎ムードじゃないですよね。俺、来ないほうが良かったですか?」
「そんなことはない。亜樹を守るのに君の力が必要だ。もう少し様子を見よう」
「はい……」
力なく頷いた珠生の肩を彰がぐいと抱き寄せる。じわ、と彰の気が身体を通じて入ってくるのを感じた。
暖かい、珠生を思いやる気持ちのこもった霊気だ。珠生は彰を見あげた。
「僕は舜平みたいなことができないからな、残念だ」
「ううん、とても気持ちがいいです」
「そう?」
彰は嬉しそうに微笑んで、ぎゅっと珠生の肩に触れる指に力を込めた。
「今夜一晩眠れば、具合が良くなるかもしれない。食事がすんだら、一緒に温泉に行こうね」
「はい」
「ふむ、珠生の裸か……なかなか貴重な体験だ」
「やめてくださいよ」
「なぁに、冗談だよ。僕は女性にしか興味ないから大丈夫だ」
げんなりとした表情を見せる珠生を見て、彰はくくっとおかしげに笑った。
+ +
二人は食事を摂るべく広間へと戻ってきた。他の面々は、湯上りですっかり寛いだ空気になっている。
山道を駆けまわり、すっかり埃っぽくなっている二人を見て、亜樹は目を丸くした。
「どう動いたらそんなふうになんの?」
珠生と彰はお互いの格好を見比べる。
彰は思った以上に身軽で、樹の枝を足場にして走るという珠生の動物じみた行動に、ある程度付いてくることができるのだ。前世では、佐為がそういうアクロバティックな動きをする場面はあまり見たことがなかったため、珠生は彰の身軽さに驚いていた。
山中には、小さな妖の気配があちこちに存在していた。しかし、どれも人間に害をもたらすようなものではない。
どこを見ても美しい自然だった。神気に守られた深い森。古から護られ続けてきた手付かずの自然……。
人間の気配など一切感じられないような森の奥で、ただ鳥の声だけがこだまする。
ざわざわと胸の中がざわつくのを、珠生はずっと感じていた。かつて千珠が、鬼の血の暴走させた時のような感覚に似ている。鬼の血が、自然と妖が共存している豊かな世界に溶け込むことを、喜んでいるように感じられるのだ。外に出たい、想いのままに暴れまわりたい、自由に駆けまわりたいと。
それを理性で抑えようとする”人としての心”と、”鬼の本能”とが喧嘩をしているような状態だ。それが珠生の肉体に負担をかけているのである。
「今のところ、異常はありませんでしたよ」
と、彰が葉山にそう報告した。
「ありがとう。ごめんなさいね、私達だけさっぱりしちゃって」
と、浴衣姿の葉山がそう言いながら、うちわで首元を仰いでいる。
髪の毛をまとめてうなじを出している葉山を、彰は色っぽいと思った。ついついその姿を見つめていると、葉山はじろりと彰を睨んだ。
「何見てるの」
「……別に」
「葉山さん、浴衣似合うね」
と、代わりに珠生がそう言うと、葉山はにっこり微笑んで、「ありがとう」と言った。
「それにひきかえ……天道さんはなんでジャージなの?」
と、珠生はジャージ姿であぐらをかいている亜樹を見た。
亜樹は暑そうに半袖のだぼっとしたTシャツの中に風を入れながら、斜向かいに座った珠生を見る。湯上りで血色がよく、亜樹は元気そうだった。
「こっちのほうが気楽やろ」
「まぁ、確かに」
「うちの浴衣姿も見たかったんか?」
と、亜樹はにやりとした。
「それはない」
珠生がつんとしてそう言うと、亜樹は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「まぁまぁ、みんな揃ったし食事にしてもらいましょか」
と、一応仕事モードのつもりなのか、これまたジャージ姿の敦が立ち上がった。ぴったりとしたTシャツから盛り上がる筋肉が見事である。湊は浴衣を着てきちんと正座して座っていた。和服が似合うなと、珠生は思った。
「葉山さん、珠生の体調なんですけどね」
葉山の隣に座った彰が、少し声を低くして話しかける。見廻中の珠生の様子や、二人で話したことを伝える間、葉山はじっと彰の顔を見ていた。
少し眉を寄せて、腕組みをする。
「そう……そういうこともあるのね。藤原さんに連絡しておくわ」
「お願いします」
「珠生くん、今はどう?」
彰の向こうにいる珠生を見て、葉山は気遣わしげにそう尋ねた。
「……大丈夫です。少し休んで落ち着きました」
「そう……今日はすぐに眠るのよ」
「はい」
「まぁ無理せずに慣れていくことだ」
「うん……」
そこへ、敦の指示を受けた仲居達が料理を運んで来た。
にわかに活気づいた広間に、豪勢な料理が並んでいく。
一行は仕事を忘れ、一時の楽しい夕餉の時間を迎えることとなった。
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