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十二、参拝

 翌日。  その日のスケジュールは、霧島神宮への参拝から始まった。  今日も敦が運転する車に乗り込んで、神宮へと向かう。宿からは大体二十分程度の道のりだという。  今日はきちんとスーツを着込んだ敦が、運転席に座って皆を待っていた。皆に笑顔で挨拶をしている。  山道を抜け、一行は霧島神宮第一駐車場へと到着した。  天気のいい日だ。真夏の太陽がさんさんと辺りを照らし、午前中とはいえ、すでにかなり気温が上がっている。  葉山はさっと日傘をさして、先頭を歩く敦の後を追いかける。皆はその後にぞろぞろと続いた。  この駐車場は、普段であればきっと観光客で賑わっているのであろうが、今は人っ子ひとりいない。今は霧島山全域が閉山されており、誰も入れない状態なのだ。前回の京都の件と同様、宮内庁の権限の大きさを物語っている。 「これ、何?」  木立の中に、三メートルほどの高さの黒い石碑が立っていた。  ”神聖降臨地 乾坤定位時 煌々至霊気 萬世護皇基”   そこにはそう書かれている。 「どういう意味?」 と、亜樹は葉山に尋ねた。 「日本は皇室を中心と考える国だから、その血統は大切にねってこと。霧島神宮の御祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫にあたる瓊瓊杵命(ににぎのみこと)よ。瓊瓊杵命は天照大御神の命によって高千穂へと天降りしてね、現在の皇室の祖となられた神様なの。ちなみにその時瓊瓊杵が手にしていたものが、三種の神器。八咫鏡(やたのかがみ)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、草薙の剣……あの草薙の剣よ」 「へぇ……」  葉山の説明を聞いて、珠生と湊は驚いたように顔を見合わせた。 「神様が、皇室の祖先なん?」 と、亜樹が葉山を見上げる。 「そうよ。記紀(古事記・日本書紀)によると、瓊瓊杵命の曾孫にあたる神倭伊波礼琵古命:(カンヤマトイワレヒコノミコト)が、この国を初めて統治した初代天皇・神武天皇だと伝えられているわ」  葉山はそう言って、砂利を踏んで奥へと進んでいく。 「あれなに!?」  亜樹が簡単な展望スポットのような場所を見つけ、あっという間にそちらに駆けていってしまった。葉山はため息をつく。 「こら! 観光は後にしなさい!」 「まぁまぁ、いいじゃないの。彼女はこういう体験、初めてなんだからさ」 と、葉山の肩に手を置いて彰がそう言った。彰の真っ白な綿のシャツが眩しい。襟の高い、きちんとしたシャツがよく似合っている。 「ほら、珠生も湊も行っちゃったよ」 「……全く。修学旅行じゃないんだから」  葉山はため息混じりにそちらに向かう。敦は何も言わずについてきた。 「なにあれ、でっかい島やなぁ」 「桜島ちゃう?」 と、湊。 「おお、こっから見えるんだ」 と、珠生。 「そうそう、あれが桜島じゃ。大きいじゃろ」  鉄柵に寄りかかって島を眺めている高校生三人の後ろに立った敦は、仁王立ちになってそう言った。亜樹は露骨に嫌な顔をする。 「ちょっと、背後に立たんといてよ」 「ほう、君、ゴルゴみたいなこと言うんじゃな」 「ゴルゴ? 何やねんそいつ誰やねん。行こ、二人とも」 「え、知らんのか……?」  亜樹はつんとして、先に展望台を降りて行った。珠生と湊も顔を見合わせて、その後に続く。日陰で待っていた葉山と彰に合流すると、ようやく参拝の準備が整った。  石の階段を登って行くと、まずひとつ、丹塗りの鳥居が現れる。鳥居をくぐると、木の生い茂った日陰のトンネルが続くのである。そこだけ急に気温が下がったような感じがして、珠生はほっとした。太陽に照らされて火照った肌が気持ちよく冷えてゆく。    ふと、珠生は上を見上げた。  樹の葉から漏れ入る太陽の光がきらきらときらめき、木々の隙間にちりばめられた宝石のように見えた。    ――きれいだな。絵を描きたくなる景色だ……。  珠生は目を細めて、唇に笑を浮かべた。そしてふと視線を前方に向けると、真っ白な太陽の光に溶けるように、丹塗りの神殿が見えてきた。 「……わぁ」  亜樹が息を呑む声が聞こえる。  何重にも重なった社殿は、奥行きのある珍しい造りをしている。思っていたよりもお社自体は新しく、紅色の鮮やかさが夏の日差しに眩しい。  一番手前にある拝殿、勅使殿、登廊下の先にあるのは丹塗りの本殿……それらを目線でたどっていくにつれて視線が持ち上がり、神殿を包み込むように両袖を伸ばす雄大な山々が、視界の中に広がった。目が痛くなるほどの青い空と、深い緑と鮮やかな丹塗りの朱色。それらの色彩の対比が美しく、珠生は目を細めてその光景を見つめていた。しんとした静謐な佇まいに、畏怖の念を抱きたくなるような気分になった。  深い山の中に抱かれた見事な境内から、ふと右の方向を見やると、巨大な杉の気がそびえていることに気づく。樹齢八百年の霧島杉だ。  その杉の木に惹かれて、珠生はふらふらとそちらに近づいていった。八百年も前からここにあるということは、五百年前、千珠が生きていた時代にもここにあったということだ。珠生は御神木に親近感を覚えて、じっとその木を見上げていた。  ふらりといなくなった珠生見て、湊はため息をついた。 「……あれ、なんかあいつ、だんだん集団行動できひんくなってきてへん?千珠さまみたいや……」 と、呟く。 「しょうがないわねぇ、湊くん、呼んできて」 と、葉山。 「はい……」  湊はたたっと珠生を呼びに走る。珠生ははっとして、いそいそと皆の頃へ戻ってきた。 「……すいません」 「まったくもう。あのね、用事はここだけじゃないんだからね」 と、軽く葉山に睨まれて、珠生は苦笑した。  二礼二拍手一礼をして、丁寧にお参りを済ませる。  その場に並んだまま、葉山は皆に言った。 「ここの社殿は、まだ新しいものなの。何度も火に焼かれては、再建を繰り返してきた神社だからよ。これから向かうのが、本来霧島神宮が存在していた場所なの」 「また移動するん?」 と、亜樹の声は少しばかり楽しげだ。 「ええ。もともと、霧島神社は天孫降臨の地である高千穂峰(たかちのほのみね)(鹿児島と宮崎の県境)の火口あたりにあったんだけど、一四〇〇年前の噴火の時、この土地に移ったの。高千穂峰は瓊瓊杵命が降り立った場所として表向き有名な場所だけど、今から行く場所こそが、瓊瓊杵命が最初に天から舞い降りた場所といわれているのよ」 「へぇ……」  珠生と亜樹は初めて耳にするその情報に感心している様子であるが、彰と湊はすでに古事記も日本書紀も読破しているため、さほど驚く様子もなく辺りの景色を見まわしている。 「さぁ、本物の天孫降臨の地へご案内しますよ。そこに残る社で、今回の神事は執り行われる。ものすごく、神聖な場所なんじゃ」 と、敦が皆を見まわしながらそう言った。

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