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四十三、神託の内容

 霧島神宮滞在最終日の晩。  霧島神宮文化保存協会、雅楽隊との夕食会が予定通り催された。珠生たちは大人たちに何度も礼を言われ、頭を深く下げられた。  今回得られた神託の内容はこうだ。  ”この山を守る神々の祠を南北の頂きに建て、神酒と供物を供えよ。妖と神は表裏一体。山々の妖をも敬うべし。さすればこの地の安寧は約束されよう”  そして付け加えるように、  “鳳凛丸の封印を解く。西域に棲まう妖たちの平定に努めよ。といっても、すでにふらふらとどこぞを彷徨っているようだがな……” と、神は言った。 「安寧とは、和の中でしか存在しえないものなのですね……」 と、帯刀譲二はそう言って、尚も不機嫌な顔のままの日向光男をちらりと見た。ぼんやりとした意識の中で、鳳凛丸と土毘古の一件を目の当たりにしていた日向は何も言い返すことが出来ず、ただただ、振舞われた料理を黙々と食べ続けている。  舜平は相変わらず葉山美波に迫られ続けていたが、葉山彩音が見かねて美波を叱り始めたのをきっかけに、二人は姉妹げんかを始めてしまった。 「あんたねぇ、一体何しにここへ来たのよ!? いい加減にしなさい! 恥ずかしい!」 「はぁ? お姉ちゃんには関係無いでしょ!? いい男がいたら口説く、それが自然の摂理ってもんでしょうが!」 「それじゃただの尻軽女じゃないの!」 「なにそれひっどー!! だいたいお姉ちゃんは頭が固すぎんのよ! 昔っから勉強ばっかりして暗い青春送ってたくせにさぁ!」 「うっさいわね。今が良けりゃそれでいいのよ」 「今が良い? え!? なに!? 何それ!? 男できたの?」  敏感に葉山の言葉尻を捕まえた美波が、身を乗り出して姉に迫った。葉山はうっと言葉に詰まり、目を爛々とさせている妹と睨み合う。 「今がいいってのは、ええとー……男とかそういうもんだけじゃないでしょ! 仕事とか……ほら、色々あるじゃないの」 「あたしの目はごまかせないわよ。男ね、男が出来たのね。誰!? かなり久しぶりじゃない!? そういやだいぶ前に付き合ってた彼氏は、」 「ちょっと!! 高校生の前でやめなさい!」  葉山は自分の過去が妹によって暴かれそうになるのを、慌てて口をふさいで止めた。高校生たちは興味津々で二人の喧嘩を聞いていたが、葉山が美波を止めてしまったことに残念そうな顔になる。 「……なんだ、もうちょっと聞きたかったのに」 と、亜樹。 「葉山さんのプライベートは謎だもんね」 と、珠生。 「忙しそうやもんなぁ。そういや恋人がどうのとか、聞いたことないな」 と、湊。 「あんまり女性にそういうことを聞くもんじゃないよ」 と、彰が笑顔で三人をたしなめる。彰には逆らえないため、高校生たちはすぐに黙った。  その様子を見ていた舜平が笑って、「彰には忠実やねんな、お前ら」と言った。彰の横に座っていた葉山は、舜平の台詞を聞くなりギロリと目つきを剣呑なものに変貌させると、彰を押しのけて舜平に食ってかかった。 「だいたいね、あんたがはっきり美波のこと断らないからこんなことになるんでしょうが! はっきりしなさいよ男らしく!!」 「え!? 俺?」 「その気がないならはっきりそう言いなさい!! 中途半端にのらりくらりする男がいるから、この子はしょっちゅう変な男にひっかかんのよ」 「ちょっとお姉ちゃん! 余計なこと言わないで!!」  舜平の隣に陣取っていた美波も、舜平を押しのけて真っ赤な顔で抗議した。葉山の向こう側は文化協会の落ち着いた面々が座っていたが、若者が大騒ぎし始めたのを見て、笑い出す。 「まぁ確かに、舜平さんはNOと言えないタイプだね」 と、珠生が言うと、騒がしい大人たちの向かいに横並びになっている高校生たちが顔を見あわあせる。 「あぁ分かる。愛想はいいねんけど、女性がその気になったら、俺にその気はなかったとか言って逃げるタイプっぽい」 と、亜樹。 「うわーそれ最悪やな。女の敵やな」 と、湊が首をゆっくりと振りながらため息混じりにそう言った。 「なに言うとんじゃ。それが男の性ちゅうもんじゃろ。寄ってくる女は全員相手になる、それが男の役割ってもんじゃ! なぁ? 舜平」  高校生たちの横に座り、細々と書類仕事をしながら食事を取っていた敦が、白い歯を輝かせながらそう言うと、亜樹がじとりと敦と舜平を睨んだ。 「うわ。最低。スケベ。フケツ。え、舜兄もまさか……」 と、亜樹。 「汚い大人にはなりたないもんやなぁ……はぁ」 と、湊。 「舜平さん、もてるからな……そうか、そういうこと……」 と、珠生にまでジト目を向けられて、舜平は冷や汗をかきながら声高にこう言い放った。 「ちゃうちゃう!! そんなわけないやん!! 俺はもう全く女には興味ないねん!! だからもう俺のことはほっといてくれ!」  一瞬しんとなった広間中の視線を集めてしまい、舜平は真っ赤になって口をつぐんだ。  騒々しい中淡々と静かに食事を取っていた彰が、ことんと箸を置いて顔を上げ、横に座る舜平を見て言った。 「やかましいよ、君」 「……すまん」  思わず謝った舜平を見て、珠生が笑う。つられて皆が笑い出す。  霧島での最後の夜は、明るく護られた空気の下、ゆっくりと更けていった。

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