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12、憶測

 舜平としては、口移しに気を送り込むだけで留めようと思っていたが、助手席に収まった珠生に「……どこかで、ちゃんと抱いて欲しい」とおずおずと求められては断れない。  今日は健介が自宅にいるため、二人は以前来たことのあるラブホテルに入った。ドアを締めると、珠生はその場で舜平にぎゅっとしがみついてくる。  青い照明が、室内をほの明るく照らす中、珠生は自分でシャツを脱ぎ捨て、上半身を暗がりの中に晒した。腕を蝕む黒々とした痣が痛々しく、まるて影のように珠生の白い腕を冒している。  舜平は傷ついた脚をかばう珠生を抱え上げ、ベッドへと運んだ。すぐさま激しく交わされる口づけと、荒々しい愛撫。二人の間に言葉での会話はなかった。しかし、触れ合う肌と肌や融け合う体温、重なりあう鼓動を感じているだけで、伝わり合うものがある。  高らかに喘ぐ珠生の声が、舜平を駆り立てる。身悶えるほどの快感に舜平も息を荒立てながら、ただ本能のままに珠生を抱いた。  傷の痛みのせいか、快楽のためか、珠生はいつもよりも激しく悶えながら舜平を求めた。    ひんやりとしていた部屋の中は、二人の体温で気温が上がっているように感じられた。  舜平が起き上がって空調を強くすると、すっとした涼しい風が、汗ばんだ肌を冷やしていく。  舜平はうつ伏せになっている珠生の背中を撫でた。しっとりと汗に濡れて艶めいている珠生の肌が闇に光る。 「……涼しい」 「せやな」  それが、ここへ来て初めて喋った言葉だった。珠生は肘をついて半身を起こすと、背中から腰のラインを優しく撫でる舜平を見上げた。首筋から背中、腰へ伸びるしなやかな線を、指先で辿られるたび、珠生は喉の奥で小さく笑った。 「くすぐったいよ」  舜平は身を寄せて、珠生の髪に唇を寄せた。珠生の左腕を見ると、痣は跡形もなく消えている。舜平の視線につられてそれを見た珠生は、「……さすが」と呟いた。 「まぁな。というか、俺に抱かれて傷が治るお前の体もそうとうおかしい」 「確かに」 「珠生……」  舜平はぎゅっと珠生を抱きしめる。珠生はただただ、舜平に体重を預けてじっとしていた。 「今日は悠さんと楓を見に行ってたんだよ」  不意に珠生が口を開いた。舜平は身体を少し離すと、再び寝そべり自分の腕を枕にしている珠生を見下ろす。 「平等院にか?」 「うん」 「まだ赤くないやろ」 「青い楓もきれいなんだ」 「……そっか。お前ら、なんやめっちゃ仲ええやん」 「妬く?」 「妬くか」 「ふふっ」  明らかに拗ねている舜平を見て、珠生はまたくすぐったそうに笑う。舜平の裸の肩に顔を摺り寄せると、舜平は苦笑して珠生の頭を撫でた。 「……そろそろ、帰らなな」 「……もう?」 「ああ。今日は先生も家にいはんねやろ? あんまり遅いと、心配しはるで」 「あ、そっか……。ねぇ、舜平さん」 「ん?」 「唾液、欲しいな」 「へっ」 「唾液だよ」  立ち上がって服を着始める舜平を、珠生はぼんやりと見上げながらそう言った。とても眠たそうで、とろんとした目つきである。  微笑む珠生に千珠のいたずらっぽい笑顔が重なって見える。舜平は苦笑してベッドに座ると、半身を起こして首を伸ばしている珠生にそっとキスをした。 「……またそれか」 「……へへ」  珠生はようやく起き上がると、のろのろとジーパンに脚を通して立ち上がる。上着とシャツはドアの脇に落ちている。舜平はそれを拾って珠生に着せてやった。  +  車で帰路を進みながら、珠生はようやく、今日自分たちの所へ攻めてきた相手のことを考え始めた。  能登の祓い人。  夜顔や雷燕とも関わりの深い、金のために妖を狩る人間たちのことだ。 「なんで今さら、祓い人なんかが俺たちの前に現れるんだろう」 と、珠生が呟く。 「十六夜がらみかもな。あの頃、国全体の気は相当揺らいだはずやし」 「そっか……」 「亜樹ちゃんもここで目覚めて、霧島でも鳳凛丸や土毘古が暴れたんや。あちこちで、何かが綻んで、収まって……てのを繰り返してる。それを感じ取ってるんかもしれへん」 「なるほど……」 「次は能登辺りで一悶着かもな」 「忙しいね。学校もあるし、家族もいるし、昔みたいに、すぐにあちこち行けるわけじゃないしな」 「せやな」 「舜平さん、進学するんだって?」 「えっ!? もう先生に聞いたん?」 「うん。……良かった」 「そうか?」 「うん」  安心したように笑っている珠生が、可愛い。今しがた珠生とセックスをしたばかりだというのに、舜平は性懲りもなくどきどきしてしまう。進学を推してくれた各務健介に、別の意味でも感謝の気持が湧き上がった。 「先輩、どうしたんだろうね。いつもなら一番に駆けつけるのに」 「手が離せへんって言ってたな。女とでもおったんちゃうか」 「ええ?そうかなぁ。きっと先輩にしか出来ないような仕事があったんだよ」  二人はそんなことを話しながら、混み合った京都の道を進んだ。

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