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25、コイバナ

   舜平、悠一郎、そして美来はぶらぶらと校内を回りながら、高校生たちの若さあふれる文化祭を楽しんでいた。  舜平は、珠生を怒らせてしまったかもしれないという事実に内心へこんでいたが、今は悠一郎たちが一緒だ。あまりくよくよしてはいられない。こんな場所でなければ、珠生をダッシュで追いかけて事情を説明したいと思っていたが、ここは珠生や彰、湊の通う高校だ。そんなことをして、珠生に悪目立ちをさせるのも忍びない。舜平は時折ひとりでため息をついていた。  そうこうしていると、舜平たちは湊に出くわした。  わらび餅を購入して、その上品な美味さに感嘆の声を漏らす舜平たちのことを、露店で販売係をしている生徒たちが興味深そうに眺めている。  中でも吉良佳史は、いつぞやのクリスマスイブの日に、珠生をダッシュで追いかけていった大学生風の男がまた現れたことに驚いていた。そして、湊と舜平がとても親しげに話をしている様子を見て、不思議そうに首をひねっている。  悠一郎は、「珠生の大親友」と舜平に紹介された湊を見て、何かインスピレーションを得たらしく、またカシャカシャとシャッターを切りはじめた。異様に和服の似合う大人びた湊に向かって、悠一郎はひたすら賞賛の声を浴びせていた。そうこうしているうちに、露店で作業をしていた女子生徒や、販売を担当していた佳史らも写真をとってくれとねだりはじめ、悠一郎は楽しげに生徒たちの写真をたくさん撮りまくった。  そんな様子を少し離れて見守りつつ、美来はにこにこと笑っている。 「悠ちゃん、楽しそう」 「ほんまやな」 「何であの黒い浴衣の子と知り合いなん?」 「あぁ、珠生を通じてな」 「大学の先生の、息子さんだっけ?」 「そうやで。父親さんは変わってはるけど、息子はしっかりしてはるわ」 「あはは、そうなんや」  美来は舜平と一緒にいることが嬉しくてしかたがないのか、常に表情は緩みっぱなしである。告白の返事はまだもらってはいないが、こうして悠一郎をはさんで一緒にいるだけでも、とても幸せなのである。  +  +  一方その頃、亜樹は深く深くへこんでいた。  珠生と詩乃が、浴衣姿で楽しげに文化祭を過ごしている場面を見てしまったからである。  珠生の浴衣姿は遠目からでもすばらしく目立っていて、どこにいても目を引いてしまうほどにかっこよかった。そんな珠生の姿を視界の端に捉えるにつけ、亜樹はもっとそばで珠生の浴衣姿を見てみたいと願い続けていたのである。  しかし、ようやく訪れたそのチャンスに嬉々としていたのもつかの間。  珠生の隣には、詩乃がいた。しかも、愛らしい浴衣に身を包み、艶やかな髪を雅やかに結い上げた涼しげな姿で。一方亜樹はメイド喫茶の裏方に徹し続けていたため、ちょっと汚れたポロシャツと制服のスカートといったぱっとしない格好だ。二人の前に出て行くことさえはばかられ、亜樹はただただ落ち込んで、一人物陰に隠れていた。  そんな亜樹を探していた百合子は、ようやく西校舎の裏手にしゃがみこんでいる亜樹を見つけた。百合子は息を整えながら亜樹に近づくと、その隣に座り込む。亜樹がちらりと百合子を見て、また地面の方を向いた。 「ごめん、急におらんなって。……うち、アホみたいや」 「そうやな。まったくもう、どうしたん?」  百合子が差し出したお茶を、亜樹は素直に受け取った。数口飲んで、亜樹は息をつく。 「……亜樹はさ、沖野くんが、好きなんやろ?」 「……よく、分からへん……」  亜樹は大きくため息をつくと、膝の上に顔を埋めた。百合子は微笑む。 「人を好きになったこと、ないん?」 「……ないかな。そういえば」 「じゃあ、初恋だ」 「そ! そんなんちゃうし!!」  亜樹は抗議しかけたが、百合子の穏やかな瞳を見ると、すぐにまたしゅんとなった。 「よく、分からへん。……でも、三谷さんとあんな風にいい雰囲気で一緒におられたら、なんかもう悲しいやら腹立つやらで……」 「なるほどなぁ」 「昨日かて、本郷になんかされそうになったとこに急に現れて、もうあんなやつと二人になるなとか、偉そうなこと言ってたくせに。自分は何やねん」 「そんなこともあったんやぁ……」 「沖野はいっつも、うちのこと守ってくれる。良いタイミングで現れて、かっこつけて……。よう分からん、あいつがなに考えてんのか。うち自身があいつのことをどう思ってんのか……」 「沖野くんも、亜樹に全く関心がないわけじゃないんだね」 「どうやろ……」  霧島での出来事が蘇る。しかしそんなことを、百合子に言えるはずもなく、亜樹は口をつぐんだ。 「……でも、純粋な関心とかじゃないと思うし」  そう、自分は巫女だから。亜樹は胸の中でそう呟いた。巫女だから、あいつはいつもナイトよろしく亜樹を救ってくれるのだ。亜樹自身に興味や関心があるから、ということは考えにくい。 「それにしたって、球技大会のときのこともあるしね」 「……暴投やろ」 「ま、とりあえず、あたしは誰にも言わへんから。亜樹はもうちょっと自分の気持整理しなあかんな」 「整理するって?」 「落ち着いて考えてみたら?沖野くんとどうなりたいのかとか、どうしてあげたいのかとか……」 「どうなりたいって……そんなん、ないし!!」 「ほら落ち着いて。あたしがいつでも話聞くし」  百合子は同い年とは思えない大人びた笑顔で、亜樹にそう言った。亜樹はようやく、少し表情を緩めた。 「……ありがとう」 「ほら、休憩時間終わるで。なにか食べに行こ」 「あ、うん」 「あはは、しっかりしなって! 亜樹ってほんと可愛いね」 「……茶化さんといて」  亜樹はふくれっ面をしながら、スカートの埃を払って立ち上がった。隣で同様の行動をしている百合子を見て、亜樹はふと疑問に思っていたことを訊いた。 「百合ってさ、大人っぽいな。彼氏とかいるの?」 「今はいいひんよ。こないだまで塾の講師と付き合っててんけど」 「えぇ!? 大人やん!」 「うん、まぁね。でも何かと偉そうでさ、腹たったから別れた」 「へぇ〜……流石やな。大人や」 「そうでもないよ。今はねぇ、また気になる人ができたから、ちょっと浮かれ気味やし」 「え?誰?」 「知りたい?」 「うちの弱味握ってんねんから、ええやん、教えてよ」 「……んーとね、柏木」 「は!? え!? なんで!? どこがいいの!?」 「失礼やなぁ。高一の冬くらいから、なんとなく気になっててん。クラス離れてから、余計に気になってさ。もっと喋りたいな、とか。もっといろんな顔が見てみたいな、とか思うようになっててんな」 「……それが恋ってやつ?」 「うん、そうやと思うよ。それに柏木、沖野くんとおるからあんまり目立たへんけど、結構かっこいいねんで」 「……そうかなぁ」  亜樹は必死で湊の顔を思い出そうとしたが、背が高いことと眼鏡しか思い出すことが出来ずに首をひねった。そんな様子を見て、百合子は笑った。 「ええねん、誰になんて言われても関係ない。柏木はいい男やで」 「そうかなぁ? 百合は大人やなぁ……」 「そんなことないて」 「ええなぁ、柏木。こんなええ子に好かれて」 「向こうがどうかは、わからへんけどな」 「柏木のくせに、贅沢やなぁ」 「いやいや、どんだけ目の敵にしてんねん」  初めて経験する”恋話”というものを、亜樹は楽しいと思った。百合子は亜樹のことばをちゃんと聞いてくれ、受け止めてくれている。それがとても嬉しかった。  そして、百合子は自分に想い人を教えてくれた。  秘密を共有している感じが、こんなにも楽しいものだとは思わなかった。  二人は肩を並べて、甘味を買うべく校内を歩き始めた。

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