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十二、葉山、結婚式に呼ばれる

 同日午後十七時。葉山彩音はグランヴィアホテルの大広間で催されている、高校時代の友人の結婚披露宴に出席しているところだった。  どうせグランヴィアに泊まっているのだから、何を面倒臭がることもないのであるが、葉山はやや浮かない気持ちである。  大学時代の友人たちで囲むテーブルには、五人の懐かしい面々が座っている。  妹・葉山美波の言うとおり、葉山は地味で堅実な高校生活を送っていたため、そこにいる皆が葉山の華やかに変貌した容姿や肩書きに驚いていた。  今日の葉山は、黒いシンプルなワンピースを着ていたが、ツヤのある素材はいかにも高級感があり、葉山のしなやかな肢体によく似合っていた。嫌味なく開いた胸元や背中の肌は白く、金色の細いアクセサリーを上品に身に着けている。髪も美容室できちんと整え、爪も今日くらいはときちんとしたパールの入ったネイルを施した。そして黒いシャープなハイヒールが、きゅっとくびれた足首に映えている。 「彩音ホント綺麗になったよね。一瞬誰か分かんなかった」 と、高校時代は野球部のマネージャーをしていた向田理恵がそう言った。彼女は高校時代はどちらかというと華やかな方であり、男子たちにもモテると自負していた女子生徒である。今はすでに三児の母であり、茶色く染まった髪を一つにまとめてコサージュで飾っていた。 「それに国家公務員なんて、すごいなぁ〜」 「そうでもないよ。忙しいだけ」 と、葉山はシャンパングラスをテーブルにおいて、軽く口紅を拭った。 「かっこいいよねぇ。あたしたちとは次元が違うって感じ〜」 と、かねてから地味な女子であった津木芳佳がそう言ってにこにこと微笑んでいる。彼女もすでに結婚しており、妊娠八ヶ月という安定感である。 「そうかな」 「きっとすごい人と結婚したりするんだろうね。うちらみたいに手近なので済ませたりしなさそう」 と、昔からうわさ話が大好きだった黒部史香が、周りの者に同意を求めるような視線と笑みを浮かべながらそう言った。史香もすでに結婚しているが、彼女の夫は弁護士である。決して手近な男で済ませたわけではないに決まっているのだ。 「そんなことないよ。出会いもないしさ」 と、葉山はやや唇をひきつらせながら無理に笑った。 「いやきっといい出会いあるって、良い人いたら紹介してね」 と、唯一の独身で、高校時代は一番葉山と仲の良かったある桜井萌がニコニコしながらそう言った。しかし彼女にはすでに婚約者がいるということを、葉山は本人から聞いて知っている。が、この面々の中ではそれは内緒にしておくことになっていた。  「出会いがないってことは、結婚もまだかぁ」 と、史香が運ばれてきた肉料理にナイフを入れながらそう言った。  ひとしきりそれぞれの旦那や子どもの話を聞かされた後、葉山についての話題となった。 「まぁ、まだでしょうね。だいぶ先かも」 と、今までの会話には葉山は挟む言葉もなかったため、ぺろりと牛頬肉のワイン煮を平らげ、ナフキンで口元を軽く押さえる。 「子どもは? 欲しいの?」 と、理恵が葉山の手首に巻き付いている高級な時計を見つめながらそんなことを尋ねた。 「欲しいけどさ。まぁ、相手が先じゃない?」 「どっかに良い人いないの? 何なら誰か紹介してあげようか?」 と、史香は薬指に光る大きなダイヤモンドをきらめかせながら畳み掛ける。どことなく勝ち誇った表情に、葉山はぴき、と人知れず青筋を立てた。 「あ、あははは。いいよ、時間も合わないかもしれないしさ」 「あ、そっかぁ。忙しいもんね」  史香の言葉の端々に棘を感じて、葉山は次第にいらいらし始めた。隣に座っている萌が、膝で軽く葉山の脚に触れた。津木芳佳は相変わらずニコニコしながら、何も言わずに食事を進めている。 「萌はすぐ良い人見つかりそうだけどね。大人しいし、可愛いし」 と、理恵がワイングラスを傾けながらそんなことを言う。萌は少しだけ微笑んで、 「だといいけどね」 と言った。  萌のそんな穏やかな返答を見て、葉山は少し冷静になろうと息をついた。 「彩音みたいに高学歴で高キャリアだと、吊り合う人がなかなかいなさそうだし……」 と、わざとらしく心配そうな顔で理恵がそう言った。史香も頷いている。 「そうね、そうかもしれないわ」  段々気を遣うことが面倒になってきた葉山がそんなことを言うと、史香と理恵の顔がぴきりと凍り付く。二人は目を見合わせて、何かを言おうとしたらしいが、その瞬間新郎新婦の退場の時間となり、会場が暗転した。    +    晴れてお開きの時間となり、新郎新婦に挨拶をしてからホテルのロビーに出てくると、このまま少しお茶でもしないかという空気になっていた。葉山はもう疲れ果ててうんざりである。萌は新幹線の時間があり、芳佳も妊娠中であるためそろそろ帰ると言っているのを耳にした葉山は、それに便乗しようと試みた。 「私も、今日はまだ仕事が残ってるから戻るわ」 「え〜? 仕事? いいじゃん、今日くらい」 と、史香はしつこく食い下がる。萌が苦笑しながら「あんまり引き止めたら悪いよ」と言った。 「だって久しぶりに会ったんだしさ」 と、理恵も史香の援護をする。 「まだ仕事の話とか、聞きたいじゃない」 と、史香が意地悪い目つきを隠さずに葉山を見た。きっとまた、一回り年上で敏腕弁護士の旦那自慢をするつもりなのが明らかであり、葉山はぴき、と額に青筋を立てる。 「……あのね、申し訳ないけど私は忙し、……」 「葉山さん」  ぴきぴきと青筋を立て、引きつった笑みを浮かべつつ振り返った葉山の目が、まん丸になる。  そこには、黒いスーツを着てスマートに微笑む、彰が立っていた。  すらりとした身体つきに、ぴったりと誂えたような上品なスーツ。そんな格好をしている彰は、とても高校生にはとても見えない程に大人びていた。そして何よりも、この空間にいる誰よりもキマっている。 「声がするから、まさかと思ったけど。今日はなに? 結婚式?」 「え……あ、うん。そうよ。高校時代の……」  葉山はまじまじと彰を頭から爪先まで眺め回しながらそう言った。背後で史香や理恵が黙り込んでいる。 「そっか、だからドレスアップしてるんだね。とってもきれいだよ」 「あ……ありがとう」  素直に褒めてくれる彰の笑顔に、葉山は毒々していた気持ちが清浄になっていくのを感じた。彰は葉山の脇に立つと、理恵や史香を見下ろして微笑んだ。 「じゃあ、葉山さんのお友達ですか。どうも、こんばんは」 「こ、こんばんは……。あなたは? 彩音の……お友達?」 と、理恵はやや頬を染めて、彰を見上げながらそう尋ねた。 「まぁお友達というか……部下というか……」    葉山がお茶を濁していると、彰が葉山の腰に手を触れた。葉山がどきりとして彰を見ると、彰は少し眉を下げて困ったように微笑んだ。 「恋人、とは言ってくれないんだ」 「えっ? 彩音の、恋人?」  理恵と史香は愕然として、彰を見上げた。葉山は真っ赤になりながらも、この場で彰が自らそう言ってくれたことに心底感謝した。葉山が何も言わずに彰を見上げていると、彰はにっこり微笑んで続ける。 「まぁいいや。そのうちそうなりますよね。というわけなので、皆さん、よろしくお願いします」 「あ、はい。もちろん」  二人はうっとりとした表情で彰を見上げ、少女のようにまつ毛を上下させている。萌だけが、葉山を見て含み笑いをしていた。 「葉山さん、仕事に戻るんだろ? 僕も行くよ」 「え、ええ、そうね」 「じゃあ、皆さんお気をつけて。失礼します」  彰は爽やかに微笑んで、葉山の腰に手を回したまま踵を返した。葉山は萌に「後でメールするわ」と言い残し、彰に連れられるままエレベータ−ホールへと向かう。理恵と史香の視線が、背中に突き刺さるようだったが、全く悪い気はしなかった。

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