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蝶結び(おまけ)

「で?どうだったのよ」  二人きりになった陸上部の部室で久野詔(くのみこと)は整った顔を台無しにするような下衆の顔をして赤穂(あかほ)にさきほどからじりじりと迫っている。 「うるさいよ!お前はさっきからぁ!(くれ)にも同じような事聞いてないだろなぁ!」 「聞くわけないじゃん〜怖いもん!」 「お前な……」俺は良いのか、と呆れたように赤穂は漏らした。 「俺のDVD効果良かったでしょ?呉泣いたろ?無理無理〜〜ってしがみついてきたろ?」 「えっ!?」赤穂は思わず眼を見開いて久野を見る。 「え?違う?」  渡された何かに隠しカメラでも付いていたのではないかと赤穂はゾッとする。訝しんでその顔で見つめるが、親友は相変わらずいやらしい下衆な笑顔のままだ。 「――金を積まれてもお前には絶対話さない!!」 「ケチ!」  久野は諦めたのか立ち上がり制服のシャツをロッカーに投げ込んだ。 「千暁(ちあき)」  自販機前で千暁はジャージ姿の呉に声をかけられた。 「呉先輩、え?俺遅刻してます?16時半からですよね」 「遅刻してないよ、大丈夫。あの、さ」  呉が言いづらそうに千暁から視線を逸らしている。千暁は何かやらかしたろうかと考えを巡らすが一つだけ思い当たることがあったのでニヤリと笑う。 「赤穂先輩とのことだあ?」  ビンゴだったようだ。呉はビクリと身体を硬直させ千暁を真っ直ぐ見た。その瞳は明らかに動揺している。周りに知り合いがいないかぶんぶんと顔を振って確認し、呉は千暁の肩を抱き寄せコソコソと建物の影に連れ込んだ。 「誰にも言うなよ」  呉は二つも年上なのになんだか小動物を見ている気分になり、可愛い人だなと千暁はしみじみした。 「誰にもって……、誰にも?」 「そう、俺とお前だけの秘密」 「いやん、えっち!」  おふざけが過ぎたのかパコンと頭をぶたれた。先輩、それが人にものを頼む態度ですかと千暁は恨めしそうに睨んだ。 「本気で、本気で誰にも言わないでくれるか?」 「年下の俺に頼るくらいだからよっぽどのことなんでしょう?言いませんよ。あ、でもなんか奢ってください」  抜け目のない奴めと言わんばかりに呉はジロリと千暁を一瞥した。 「ふーん、上手にできなかったんだぁ……」 「ハッキリ言うなよ、お前」  呉はまわりに聞こえてはいないかとキョロキョロと焦り、その顔は既に真っ赤っかだ。 「でも初めてなんだし、そんなもんじゃなーい?痛いし、うまいこと入んないし、さっさとイッちゃうなんて、珍しいことでもないよね」  この後輩はどんな手だれなんだと呉は慄いたが必死に先輩然として、顔に出さないように努力した。 「かわいいなぁ〜、すぐイッちゃったんだ、赤穂先輩。やばい〜かわいい〜」  怪しく肩を左右に揺らして千暁は両手を胸の前で組み、勝手な妄想を展開している様子だった。 「おい、変な想像すんなよ?」  聞いたこともない呪いのような声に千暁は身の危険を感じ、さっと我に帰る。 「えーと、で?先輩、本題は?」 「どう、やったら、その……」 「最後まで入るかって?」 「〜〜〜〜〜〜!!!!!!」  呉は首まで一気に赤く染めて今にも心拍数が上がって、倒れてしまいそうだった。 「かわいいなぁ、先輩、何なの。純粋培養もここまで来たら俺的にはずっと絶滅危惧種として大切に保護しておきたくなるんだけど」  年上の頭を動物でも可愛がるみたいに千暁は撫でる。 「馬鹿にするのも良い加減にしろっ!俺は、先輩だぞっ」 「じゃあもういいですか?先輩相手に教えなくていいですよね、じゃあまた後で」  千暁は無愛想にそう告げて呉に背中を見せる。 「嘘嘘っ待って!ごめん!嘘!!」  その肩を必死に呉は引き戻すと千暁はゆっくり呉の正面を向く。 「――じゃあ先輩、俺、真剣に教えますけど……。ひとつだけ確認させてください」  千暁の真剣な顔付きに思わず呉は緊張し、唾を飲み、頷き、向き合って指南を待つ。 「赤穂先輩のアレはデカかったですか!」  ものすごい勢いで平手打ちされ、千暁は一瞬目の前に星を見た。 「ひっ、あっ、ははは!あははは!!」  千暁の部屋で詔は腹を抱えて大爆笑していた。 「全然笑い事じゃないからね!パワハラだよ!パワハラ!いや、体罰かも!」  熱冷ましのシートを貼って千暁はヒリヒリする左頰をさすりながら大きなため息をついた。 「いや、お前だってそれセクハラだからね。それに相手が悪いよ、呉って……、あと、誰にも言うなって言われたんじゃなかったのか?」 「いいの、交渉決裂だもん!」  千暁は口を尖らせて不満を爆発させている。宥めるように手を伸ばして頭を撫でてやると、呼ばれた飼い犬みたいに千暁は揚々と詔の膝の上に座る。 詔はそのまま後ろから腰に手を回し千暁の肩に顎を乗せる。 「俺も参加したかったなぁ、そのお悩み相談室」 「アンタは?赤穂先輩から何も相談されなかったの?」 「ぜ〜んぜん。聞いても何にも教えてくれなかったよ、俺のナイスアシストでヤレた事を仇で返しやがって……」  千暁はじとりと横目で詔を見る。 「いやぁ、アンタもなかなかに下衆いね」 「ん〜〜?」  知らなかったのか?と言わんばかりに詔はニンマリと笑ってみせた。  詔の携帯の着信音が短く鳴り、後ろポケットから取り出し画面に眼をやる。 「呉がお前に謝っておいて欲しい、だってさ。結構反省してるみたいよ?」 「フンだ」 「お前だって呉が怒ること言うからだよ。赤穂のデカさ知ってどうしたかったんだよ」 「あんなの冗談じゃん!先輩の緊張を解いてあげようっていう後輩の優しさじゃん!それをガチで殴るとか酷過ぎる!」  本気で凹んでいるらしく、千暁の語尾は少ししぼんで震えているように聞こえた。  詔は携帯を自分のカバンの上に投げ、落ち込んで拗ねている恋人を後ろから強く抱き締めた。 「お前も本当は謝るタイミング、逃したんだよな?」 「〜〜っ」  千暁は少し肩を揺らして黙り、小さくコクリと頷いた。たまにこうやって見せる年下な部分が本当にズルイなと、詔は諦めのようなため息をついた。後ろから抱いたまま耳の後ろにキスすると千暁の震えは更に強くなった。身体を反転させ千暁は正面から詔にしがみ付く。どんな顔をしているのか見えなかったが、きっと泣きベソをかいているのだと詔は見当がついていた。暫くの間背中をさすってみたり、ポンポンとあやすように叩いてみたり千暁が落ち着くのを待った。  千暁は詔に回した腕を解いて身体を離し、両肩に手を置いてじっと恋人を見つめた。その瞳は詔が想像した通り赤く、涙で潤んでいた。 「明日、謝ろうな?大丈夫だから」  詔は優しい声で涙を唇で拭いながら瞼や鼻先に口付ける。ほとほと自分は年下の恋人に甘いと内心呆れたが先に惚れた方が負けなのだと開き直ってみせた。  二つ下の恋人の身体はまだ青年と呼ぶには不十分で頼りない作りをしていた。まだ成長途中の千暁は自分より頭一つ小さくて、始めたばかりの高飛びではまだまだ筋肉もそこまで付いていない。元々少食らしく体重が増えないと漏らしていたくらいだ。  なのに一生懸命自分に食らいついてくる。体格差からくる記録の違いに本気で悔しがって、何度も練習して、負けてたまるかと少しずつ成長していき、これからの未来を頼もしく思える後輩選手だった。  そんな一面を見せられ、付き合い始めてからの方が千暁のことを好きになってしまっているから我ながら手に負えない。 「みこと、先輩っ……、ん、んっ」  そのくせエロくて腹がたつ。お前を教育したのは一体誰なんだと狭い男心が腹の底で煮え立つが、年上の矜持が邪魔して何でもないような顔をする。  細い腰の細い骨の間に無理矢理入り込んで掻き回すと千暁は腰を浮かせて鳴いた。顔も身体も赤く染めて全身がいやらしく揺れる。  千暁の一番弱い場所をわざと掠めて焦らし、何度も奥を突くと「いやいや」とかぶりを振って訴えてくる。そんな時はいつも涙で潤んだ瞳と濡れた唇をうっすら開け、懇願し、繋がった場所を切なげに締め付けてくる。こんなおねだりの仕方をどこで覚えたのかと詔は湧き上がる嫉妬を掻き消すように激しく何度も突き上げた。 「やぁっ、あっ、あん……っ詔せんぱっ……、イきたいっ、ねぇっ、イきたいっ」 「ダメ、まだ」  千暁のはち切れそうになっている中心の根元をぐっと長い指で締め付けそれを邪魔する。 「やだっ、やだあっ、痛い……っやだぁ」  必死に自身を触ろうと伸ばして来た力無い手を詔は片手でまとめて掴み上げ、根元を締め付ける手も緩めない。そのまま何度も強く中を貫き、今度はわざと千暁の弱い場所ばかりを責めた。 「だめっ、そこッ……、当たっ……、あんっ、あっ」  千暁自身の先端からはぬるぬると透明のものが溢れ出し、詔の指を濡らしていた。もう限界が近いらしく抑えた手は殆ど抵抗していなかった。小さい千暁の尻臀に打ち付けるように詔は何度も追い詰めると千暁はヒッと喉を鳴らして最後を迎えた。  繋がった場所は恐ろしい刺激に犯され、ビクビクと中にあるものを襞が吸い付くように痙攣した。味わったことのない感覚に詔は小さく呻き、断続的に全てを吐き出した。手を離しても千暁は射精せず、繋がった場所がその代わりのようにビクリビクリと何度も震える。  少し怖くなって千暁の顔を覗き込むと肩を震わせ浅い息をするだけで声もなく、目は閉じたままだった。 「千暁、千暁!」  肩を揺すって名を呼ぶとヒッ!と息を吸い、胸を上下させ何度も深く呼吸を繰り返した。 「み、こと先輩……のバカァ……、怖かっ、た……」  グスグスと千暁はこどものように泣き出し、詔は慌てて頭を抱えるように抱き締めた。 「ごめん、ごめんな。本当にごめん」  泣きじゃくる千暁の頭や耳に口付け、何度も優しく頭と背中を撫でた。 「怒っ……、ってたの……?俺が、赤穂先輩の話、したから?」 「ううん、怒ってない。ごめん。俺が勝手にヤキモチ妬いたんだ、ごめんな」 「信じてる……って、先輩、ゆった、のにぃ……」  涙と悲しみでぐちゃぐちゃになった顔で必死に千暁は詔を見ていた。その瞳を真っ直ぐ見るのが今の詔には少し辛かったが、ゆっくりと視線を重ねた。 「信じてるよ。けど、どうしようもない事もあるんだ。お前のこと大好きだから嫉妬するんだ。二つ上だって俺はまだガキだし、余裕なんてないんだよ」 「わかんない。先輩は何に嫉妬するの?俺は先輩しか好きじゃないよ、赤穂先輩の事は憧れだったんだ。エッチしたいのは詔先輩だけだよ……?」  千暁の言ってる事は正論だ。何も間違ってない。だが正論だからすんなりと受け入れて理解しろと言うのはまた話が違う。 「千暁は何も悪くないよ。本当にごめんな」  今の詔には千暁を安心させるような上手いその場凌ぎの言葉が見つからなかった。ただ自分勝手な振る舞いを謝罪するしか出来なかった。 「わかんない、わかんないもん。俺、詔先輩が初めてだからわかんない、わかんない!」  小さいこどもが駄々をこねるように千暁はかぶりを振って詔の胸を叩いていたが、詔は口を開いて情けないくらいに間抜けな顔をしていた。 「……ち、あき?」 「なんだよ〜!」 「はじ、初めて?えっ?ええ?!」  古いロボットのようなガクガクした動きで詔は千暁の顔を驚愕の形相で覗き込む。 「そうだよ!俺のこと幾つだと思ってんの!てゆうかわかんなかったの?!初エッチの時!俺めっちゃマグロだったろ?!」 ――そうだったっけな?と詔は思い出そうとするが自分があまりの感動に盛り上がり過ぎて、イマイチ思い出せずにいた。なかなかに最低な男だと自負する。 「じゃあなんで、お前、呉にあんなこと……」 「だって!呉先輩俺のことめっちゃベテランみたいに思って頼ってくんだもん!俺もこの間経験したばかりなんです。なんてとてもじゃないけど言える空気じゃなかったよ!!」 「おまえ〜紛らわしいよ〜〜!!」  詔も一緒に泣いてしまいたい気分だった。自分は何を勝手に妄想して一人で嫉妬して、暴走して、馬鹿を通り越して最早滑稽でしかない――。  もう一度千暁を抱き寄せて、安堵のため息を漏らす。 「詔先輩に嫌われたかと思って、俺怖かったよ……、もうやだ、やだ」  心細く消え入るような声で千暁は嘆く。千暁の傷付いた心が声とともに詔の心臓に刺さる。 「大好きだよ。見えてわかるって、お前言ってたろ?見えなかったのか?」 「……もう、ね、見えないんだ。気がついたら何も見えなくなってた……。見えてる時は見えなくなればいいと思ってたのに、いざ見えなくなると、すっげー不安になんの。勝手だよね……。俺、意味わかんないこと言ってるよね、信じなくてもいいよ」  その真剣な声色を誰が冗談だと思うだろうか。詔は千暁が何の話をしているかは全く頭では想像が出来なかったが、周りの人間や自分には見えないものが、かつての千暁には見えていた事だけは理解した。 「信じるよ。お前だって俺がそう話したら信じてくれるだろう?」  その優しい声色に千暁は濡れた大きな瞳を見開き、そして細めて笑った。 「大好き、詔先輩」  細い身体をいっぱいにして千暁は詔を抱き締め返すと、繋がっていた場所がピクリと反応した。 「どこで返事してんの、もうムードないなあ!」 「ごめんなさい……」  詔は心の中で穴を掘って逃げ込んでいた。腕の中で千暁が無邪気に笑う。いつもの千暁の姿に詔は心から安心した。 「先輩、もっかい、しよ?さっきみたいのじゃなくて、いつもの先輩みたいに甘くて優しいのが良い。あっ、また大っきくなった。先輩、やらしい」  さっきまであんなにも弱々しく泣いていたくせに、年下の小悪魔っぷりの魅惑的な笑みを浮かべて早くも恋人を誘ってくる千暁に詔は完全降伏した。 ★END★

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