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あやつなぎ(終)

「赤穂、今日……グラゥンド使ぇ……なぃから…体育館で……」 「わかった、鍵渡しておくな」 「……ぅん……」  頭の上で赤穂(あかほ)先輩と(くれ)先輩が話しているが、呉先輩の声はあまりの小ささに殆ど認識できなかった。俺は隣に座る(みこと)先輩と目配せし合う。 「なに?隠密(おんみつ)?あの詔先輩の作戦で大成功したってこと?」  ヒソヒソと俺は神妙な面持ちで詔先輩に耳打ちすると笑って「多分な」と頷いていた。 「じゃ……ぁ、ね」 「うん、また、放課後な――」  頰を少し赤らめた呉先輩がおずおずと赤穂先輩を伺うとそこには満面の笑みが待っていて、呉先輩はますます顔を赤らめた。赤穂先輩は呉先輩の頭をポンと優しく叩いて教室を後にした。その背中を愛おしそうに眺める呉先輩は赤穂先輩の愛犬みたいだ。 「学校でいちゃいちゃしたらダメですよ」 「千暁(ちあき)!!お前はなにを人のクラスで堂々とっ」  呉先輩の腕にちょこんと頭で触ると、どうやら今まで俺の存在に全く気付いてなかった様子で驚くほど身体が揺れて反応していた。全く、二人の世界開催しすぎでしょ。 「良かったね、呉先輩」 「なんだよっ」  さっきまで蚊の鳴くような声とはまさにこのことだと言わんばかりの弱々しい、今にも消え入りそうな声で話していたくせに、俺の前ではいつもの怖くて強い呉先輩に戻っていた。 「初めて会った時の呉先輩ってすごく優等生な親友を繕ってたからさ。でも今はすごーく自然体」 「千暁……」 「両想いは偉大だね!」  俺は歯を見せてニンマリ大きく笑って見せるが、呉先輩は俺が前まで赤穂先輩を好きなことを知っていたせいか少し戸惑った複雑な表情を浮かべた。 「大丈夫、俺は詔先輩で妥協したよ」と、俺は真顔でピースしながら呉先輩に告げる。 「千暁てめぇ」  あからさまに不機嫌になって批難の声を上げる詔先輩の頭を微笑みながらナデナデして俺は誤魔化してみたが、詔先輩は不満気に俺をまだ睨んでいる。気を取り直したように呉先輩は俺の頭に手を置く。 「ホラ、昼休憩終わるぞ、教室戻れ。今日は16時半体育館な」 「ハーイ、じゃあね、呉先輩、詔先輩」  ヒラヒラと詔先輩は俺に手を振り、俺はわざとらしく教室の扉を潜った後振り返って一礼して見せ、三年生の教室を後にした。 「っとに、千暁って本当に16歳(年下)?」  呉は千暁が出て行った扉の方を見たまま腰に手をやりそう呟いた。 「あー、わかるわぁ……、なんか変に鋭いこと言うよな、あいつ」  そう話す詔の顔は満更でもない様子で「ノロケか?」と呉は笑いながら意地悪く、親友の顔を覗き込んでやった。  廊下を歩く途中で予鈴のチャイムが鳴った。廊下を生徒たちが少し慌て気味で歩いていく。何人かに一人はその手からキラキラした糸を揺らしていて、すれ違いざま、俺は思わずその糸だけを目線で追った――。  目線を前に戻し、左手を翳す。俺の糸は他の人に負けじと輝いて棚引いていた。  満足そうにそれを眺め、大切に隠すみたいに制服のポケットに左手をしまった。糸には温度もないのになぜかポケットの中が暖かく感じた。 ――いつか、見えなくなる日が来ると良いと思う。  それでも、相手を変わらず信じていられたら――  見えていた時よりずっと、幸せでいられるだろうから――。  俺は頭の中に大好きな人の顔を浮かべながら頰を緩ませ、一年の教室に早足で進んだ。 ■END■

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