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二重巻き結び

 初めて(くれ)を知ったのは陸上の中体連だった。  お互い別の中学校だったが、呉は赤穂(あかほ)と同じ短距離の選手で、いつも同じように上位に入っていたから覚えていた。一年の時から顔見知りで、毎年顔を合わせていたけれど、三年の時、なぜか呉の姿は見当たらなくて、同じ中学の選手に尋ねると、呉は膝を怪我して陸上部を辞めたと言われた。  次に会えたのは偶然にも高校の入学式だった。  少し雰囲気は変わっていたけれど、あの猫みたいに丸くて大きな瞳は俺の知ってる呉に違いなかった。髪は中学校の頃より少し長くなっていて、初めて会った時よりうんと大人っぽく見えた。 「久しぶりだね、赤穂(あかほ)、背伸びたね〜」 「お前も伸びたじゃん」 「まぁーねぇ、相変わらず赤穂よりは小さいけどね」 「部活、何入るか決めた?」  赤穂の言葉に呉は少し戸惑った顔をしたが、笑って首を横に振る。 「帰宅部かなぁ」 「陸上、入れよ」 「何言って……、あの、俺ね膝を」 「知ってる。だからマネージャーとして、入れよ。選手をやってた呉になら皆安心して頼れる」  残酷な事を言ってるかもしれない。やりたくても出来ない陸上のそばにいろだなんて、だけど……多分、呉は今でも陸上を好きだと思ったから――。 「赤穂ってすごいね」  それは思わぬ返答だった。 「なにが?」 「普通、皆気を遣って触れないでおこうとしてる事。ズバッて言っちゃうんだもん、そんな人初めて」  呉はふふっと鼻の下に手を置いて無邪気に笑う。赤穂は呉を傷付けてしまったのかと黙り込む。 「入ったら、連れてってくれる?全国」  赤穂の不安をよそに、呉はとても明るい声だった。 「ああ!連れて行く!優勝トロフィー付きで連れて行くよ!」  呉はさらに声を出して一際弾けて大きく笑った。 「最高。赤穂のそういう自信家なところ好きだよ」  変な意味じゃないのに、赤穂は好きという言葉に妙にドキリとしたが、なぜ胸の中がそう騒いだのか自分自身、全く理解は出来ていなかった。  スッと呉は体の前に右手を差し出して赤穂を真っ直ぐ見た。 「約束ね、全国優勝!これから三年間よろしくね!赤穂」 「うん、よろしく」と赤穂も右手を差し出し、呉と握手を交わした。  あの時から自分にとって赤穂は皆と違う、特別な存在だったと呉は言う。告白されなくても呉が自分を親友として見ていない事は薄々気付いていた。けれど気付いていないフリをした。  部長を任されてまだ間もなかったし、色々と覚悟が出来なかった。付き合ってしまったら色んなものが形を変えてしまって、うまく立っていられなくなりそうだったから……。そして何より、恋人になったあとの自分に愛想を尽かされる日が来たらと思うと怖くて、親友という安心で居心地の良い場所を簡単には離れられなかった。  だが結局、告白された日からどことなくお互いに気まずくなって、久野(くの)にも本心を打ち明けられなくて、二人と自分の間にある見えない溝が、次第に大きくなって行くのをどこかで感じていた。 ―――――――― 「俺、ずっと赤穂は千暁(ちあき)を好きなんだと思ってた」  並んで座る赤穂の肩に頭を乗せながら静かに呉は告げる。 「なんで、そう思ったの?」 「俺はフラれたし、赤穂、千暁の前ではものすごく笑うから」 「そうか?普通だけどな。なんでかな、千暁って年の近い親戚の子みたいだろ?なんて言うか、ワガママなんだけど慕ってくれてて憎めないって言うか……、まぁ可愛い奴だし」  すうっと呉の身体から怨念みたいな重い空気を感じて赤穂は背筋に悪寒が走る。そっと顔に視線を送ると、見たこともない般若のような形相をしている呉と目が合う。 「へぇ……、そう。そうだよね〜、可愛いよね〜、千暁は」と、これまた聞いたこともない、おどろおどろしい声だ。 「いや、あの、ほら、可愛い後輩って意味の、可愛いな。他意はない、他意は」  赤穂は人生で掻いたこともないような謎の汗が全身から大量に吹き出るのを感じていた。自分のダメなところはこれだなと深く深く、完全に手遅れながらも反省している最中だ。  呉は膨れっ面を隠さないまま赤穂の腰に正面からしがみついた。こんな呉を赤穂は知らない。思わず心臓が飛び跳ねる。 「怒んなよ、ごめん」  自分の腹に顔を埋めるこどものような呉の背中を優しく撫でると、こちらを向いた顔はもう怒ってはいなかった。呉が何をして欲しいのか気付いた赤穂はその願い通り口付けし、クスリと小さく笑う。 「なーに?」 「ううん、ホント、猫みたいだなって思って」 「久野みたいなこと言わないでよ」  その言葉(他の男の名)に今度は赤穂が臍を曲げたのは言うまでもない――。  合宿で何度も呉の裸は見たことがあった――。他の部員ほど呉は日に焼けてなくて、筋肉質な方でもない。いつも風呂の中で一年生と身体つきがあんまり変わらないなと思っていたくらいだ。  のぼせ易い呉は熱い風呂も長風呂も苦手で、いつもフラフラと先に浴場を出て行く。 「全身ピンク色で、小さい尻だなって思ってたんだよなぁ……」 「なに?なんか怪しい言葉が口から漏れてるけど大丈夫?」  抱き締めた細い身体から不安を覚える声が胸に響いて伝わる。少し身体を離して見つめ合った赤穂の瞳は熱を帯びていて、呉は心臓が早く鳴るのを感じた。目線を唇に落とすと、望み通りにキスをくれる。  今日初めてキスをしたのに、何かの一つ覚えみたいにもう何回も繰り返している。触れるだけの甘いキスだけど、ずっと渇望していたせいか、それだけで脳みそが溶けてしまいそうだと呉は思った。チロリと赤穂の唇を舐めると、少し驚いてはいたが、すぐに赤穂の舌が触ってくれた。初めての感覚に思わず声が漏れた。  そのままもつれ合うみたいにベッドに二人で倒れ込む。重なった下半身がお互いにもう反応していて、(こす)り合わせるみたいに赤穂が動くと呉は湿った吐息を漏らした。  すごく恥ずかしいのに、擦れ合う熱が気持ちが良くて、呉の瞳は少し涙で潤んでいた。こっそり盗み見た赤穂は日に焼けた顔を上気させて、息も荒く、呉の頰や首筋に何度も口付けていた。Tシャツを捲り上げられて大きな手が腹の周りを這い回り、次第に胸に触れ、節の太い指で尖った場所を弄られると、勝手に腰が浮いて反応した。  自分の身体で赤穂が興奮していることに呉は嬉しくて泣いてしまいそうだった。  もう二度と、叶わないと思って殺し続けていた自分の心をもう放していいのかと思うと、胸の奥に刺さった太い棘みたいなものがポロリと抜け落ちて、息をするのがうんと楽になるのを感じた。 「あ、赤穂……」 「なに?苦しかった?」  少し身体を起こし、赤穂は呉を心配そうに伺う。 「違う、あの、身体……、触ってもいい?」 「いいよ、何言ってんの、当たり前じゃん」  赤穂は一度両膝をついて上半身を起こし、着ていたTシャツを脱いでベッドの下に投げ捨てた。呉にとっても赤穂の裸は免疫がなかった訳ではない。だがこんな距離でこんな熱っぽい目付きの赤穂を見たことはなくて、緊張して指が震えるのがわかった。  頰に触れ、太い首筋を伝い肩をなぞり、鎖骨から胸へ指を下ろすとくすぐったそうに赤穂は笑った。その仕草が可愛くて呉もつられて笑う。  真似するみたいに赤穂の頰に首筋に口付け、鎖骨をかじる。少し(じれ)ったく思った赤穂は、呉の肩に顔を(うず)めて白い肌に赤い跡を付けた。想像以上にその姿が艶かしくて赤穂は酷く興奮した。我慢できなくなり呉のTシャツを乱暴に剥ぎ取り、そのままベッドに沈めて、薄い胸の尖った場所をしつこくねぶるとガクガクと呉は震えた。吐息とともに聞こえる呉の甘い鳴き声が赤穂を刺激して、下半身に更に熱が集まるのを感じた。何もかもがもどかしくて呉のパンツを下着ごと引き剥がすと、少し怖くなったのか呉はベッドの上を逃げるように這い上がる。追いかけるように唇を捉えて塞ぐと呉は抵抗もなく赤穂の首に手を回してそれに応えた。  呉は気を失ってしまいそうなくらいの羞恥にひたすら耐えていた。いつか赤穂とこうなる日が来るかもしれないと、付き合いだした時にこっそりネットで男同士のセックスの仕方を勉強してみたのに、頭の中が真っ白で全然思い出すどころじゃない。目すらろくに開けれなくて、自分が今何をされているのかもあまりわかっていなかった。自分の中心が熱くて痛い、辛くて自分で手を伸ばすより先に他の手に阻まれた。驚いて閉じていた眼を見開くと赤穂の大きな手がそれを包んでいた。 「やっ、赤穂っ、触……ッ」  触らないでと言うより先に手を動かされて言葉を失う。擦りながら上下する手を止めようと必死に自分の手を伸ばすが、あまりの刺激に力が入らない。  恥ずかしい、のに、気持ち良さが(まさ)ってしまって呉はただ鳴くしか出来なかった。 「赤ッ……、あっ、ああッ……」  ガクンと肩を揺らし、呉は赤穂の手の中で呆気なく達した。ビクビクと身体を震わせ、触れられている大きな手の甲を濡らしている。赤穂は呉の見たこともない妖艶な姿にただ興奮した。 「もう、めっちゃ……恥ずかしい……」 「お前、可愛いな」 「うるさいっ」と呉は自分の両手で顔を覆って隠す。その手にキスすると指の間から丸い瞳が憎たらしそうにこちらを睨んでいた。  恋人という名前に形を変えてから呉は自分に見せる仕草が変わったと鈍感ながらも赤穂は気付いていた。並んで歩くその距離も、自分を見つめるその瞳も、前よりずっと近くに感じていた。それはセックスにも反映されていて、お互い初めてなのに、いや、初めてだからなのか、呉の恋人の身体への好奇心は羞恥よりも強いものだった。  赤穂の開かれた股の間に呉は腰を突き上げて四つん這いになり、初めて見る恋人の熱い塊に夢中のようだった。握っては擦り、先端を舐めて少し口に含んでみたりと、無意識な好奇心は赤穂を余計に追い詰めるだけだった。 「呉っ、もう……、いてぇよ」 「すごい、ぬるぬるしたの出てる、赤穂のココ」  聞いたこともないような淫靡な声色で呉は囁く。その瞳は熱に浮かされてるみたいに潤んで惚けている。赤穂は湧き上がる危険な欲望を押し殺して呉の身体を引き寄せ身体の下に敷いて抑え込む。 「やだ、もっと触りたい」 「もうダメ!これ以上弄られたらイく、イくから!」  言ってるそばから呉は赤穂の屹立した場所にそろりと手を伸ばして触れている。ダメ!ともう一度叱ると拗ねたような顔をして呉は諦めた。 「お前、さっきまで恥ずかしがってたくせに」 「自分のをされるのは恥ずかしいけど赤穂のは触りたくなんの、だって俺、赤穂のこと大好きだもん」  鼻血が出るかと思うほどその甘えた言葉に赤穂はクラクラしていた。誤魔化すみたいに呉の全身のそこらかしこをガブガブと噛んでやると呉はくすぐったがってこどもみたいに声を出して笑っていた。  餞別にやるよとお節介な親友がくれたのはそれ用のローションとゴムだ。こんなものをどこで買って来たのかを敢えて赤穂は聞かなかった。  ローションの蓋を開けてチラリと呉に目をやり、最後までしてもいいかと尋ねたらさっきまでの積極的な呉は消えて、顔を真っ赤に染め、消え入るような声で、うん、と小さく頷いた。  狭い場所にぬるぬると指を進めると呉は枕に顔を(うず)めて必死に湧き上がる羞恥に耐えていた。こんな狭い場所に本当に入るんだろうかと赤穂は不安ただった。ローションを出来るだけ足して、ゆっくりと指で内側を撫でるように動かすと、痛みとはまた違う反応を呉は見せた。 「呉、大丈夫か?痛い?」  声を出せないのか呉は必死に目を瞑り、首を横に振って答える。呉の身体は小刻みに震えていて、自分がまるでいじめているような気がして怖くなる。 「辞めるか?」 「うう、ん。いい。赤穂になら……いい。何されてもいいんだ」  そんな瞳でそんな声でそんな言葉を囁かれて、おかしくならない奴はいないと、赤穂はもう親友なんかには戻れない自分に覚悟した。呉を自分の物だけにしたいと、それしか頭にはなかった。  呉の震える指先が伸びて赤穂の腕に触れる。  赤穂は汗ばんだ呉の額に口付け、そのまま唇を塞いだ――。  時間をかけて慣らした場所はローションと呉の吐き出したものでぐっしょりと濡れていた。赤く染まった薄い胸が何度も荒い息で上下している。赤穂は自分が知らない甘い湿った声で呉が鳴く度に腰が痺れ、達しそうになるのを何度も堪えた。  余計なことはもう何も考えられなかった。早くそこに入りたくて先端をあてがった時にゴムを着けるのを忘れた事に気付いたけれど、もう引き返す余裕が今の赤穂にはなかった。  呉の意思とは反対に、初めての感触に拒絶する狭い場所を赤穂は抗うように奥へと進んだ。 「ひっ……、あっ」  無意識に閉じようとする脚を両腕で持ち上げ腰を浮かせる。繋がった場所が自分からは丸見えで背中にゾワリとした何かが走るのを感じた。赤穂自身の先端の出っ張った場所を咥え込んだ場所はひくひくとそれを締め付ける。薄い膜のようなものが自分を包む感触はあまりにも刺激が強過ぎて、赤穂はそれだけで達してしまいそうだった。 「呉……、大丈夫……?ごめん、な」 「いい、から……謝んないで……いい」  細い指を必死に伸ばして、呉は赤穂の頰に手をやる。生理的に出る涙とは裏腹に呉は優しく微笑んでいた。赤穂は思わず泣いてしまいそうになるのを唇を噛んで堪え、その手に自分の手を絡ませ強く握り締める。  細い腰を引き寄せ、ゆっくり中に少しずつ進むと、その度にぎゅうぎゅうと切なげに締め付けられる。今まで味わったこともない快感に腹の周りがビリビリと痺れ、ヤバいと思った瞬間、もう間に合わなかった。 「あっ……」  呉は身体の奥に熱いものが注がれるのを感じた。 「赤穂……」 「見んなっ!くそっ!わああっなんで、俺のバカっ」  赤穂は首から一気に頭の先までを赤く染め、右手で自分の顔を抑えて隠す。今の今まで呉が見たこともないような弱々しい姿だ。 「……赤穂、かわいい」 「かわいくねぇよ!最低だわっ」 「赤穂は最低なんかじゃないよ、大好き、キスして」  おずおずと隠していた顔を見せ、恋人の願い通り口付ける。腕を回され前に倒れこむと繋がった場所がずるりと離れ「んんっ」と舌を絡ませて来た呉が声を漏らす。 「赤穂……、ぎゅって、して」 「ん……」  抱き締めた呉の心臓の音が聞こえる。自分と同じ少し速いリズムを刻んでいた。 「なんか、ごめん……」  心細い声で赤穂は呟いた。 「なんで謝るの?俺は嬉しいよ、赤穂が気持ち良いって思ってくれた証拠だから」  呉に優しく髪を撫でられ、頰に口付けられて赤穂は勝手に込み上げてくる制御できない感情の波に涙が出そうになる。誤魔化すように力を入れて呉の身体を抱き締めた。 「赤穂、俺たちまだ始めたばかりだから……ゆっくり二人で歩こう?俺たちは俺たちのペースで、ね?」  鼓膜が溶けてしまいそうな、優しくて愛しい声。この声は前からこんなにも甘かったのだろうかと赤穂は堪らずに安堵のようなため息を()いた。 「ありがとう……、呉……、俺のこと諦めないでいてくれて、好きでいてくれて、ありがとう」 「ううん、こちらこそ、好きになってくれてありがとう、赤穂」  どちらからともなく自然に唇を触れ合わせ、額を当てて微笑み合った。  二人は極度の緊張から解き放たれたせいか、そのまま抱き合っているうち、いつの間にか眠ってしまった――。  握り合った左手からは二人には見えない透明でまばゆいほどに美しい糸が音もなく静かに揺れて光っていた――

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