「……あぁ、お前。こんなトコに生えンじゃねぇよ。もっと場所選びやがれ」 　こんなゴミバケツひっくり返した様な、ど汚ねぇ世界の墓場より、日の当たる空気のキレイな、精一杯根っこの張れる大地でさ。 　……もぉ、ねぇけど。 　しゃがみ込んで健気に芽を出した植物に話しかけながら、ラクは辺りを見回した。 　恵まれた緑の大地など、見あたらない。眼前に広がるはやせ細って生物の死滅した、かつて大地だった荒れ果て疲弊し予備能力も底を尽き果てた、球体の表面。 　無造作に一括りにしたラクの髪を攫う風は自然を含まず、オイルと硝煙（しょうえん）の臭いを纏（まと）う。 　よくここまで痛めつけられたものだと、溜め息をつく。 　健気な双葉が出ている天辺まで見えない高い壁を見上げながら、ゆっくりと立ち上がる。その先も変わらない、続く灰色。 　トリと呼ばれた生物も緑と青を求めてこの地を捨てた。 　一度植物に伸ばしかけて止めた汚い手は、つなぎ服のポケットへ。 　コレは汚しちゃあいけないモノ。俺が触っちゃあいけないモノ。 　一陣の風が二つを隔てる。 　突如として横をすり抜ける轟音（ごうおん）。 「……あーぁ……」 　だから、場所を選べと言ったのに。 　ラクの真横、先ほどの勇気ある植物の存在は跡形も無かった。塀は頑丈なので、ミサイルを打ち込まれてもさほど破損はない。 　消し去られたのは、存在していたのかアヤフヤな双葉ただ一つだけ。 　キュィン。 　吹き荒れる砂埃の中に微かな機械音を確認しつつ、ラクはどっさりと爆発物を積んでいるであろう、お客様を出迎えるべく鋭い一瞥を周囲に配った。 　──日常の雑用業務の一つとして。 　はじめはナンだったか──。 　何でも物事の起こりは些細な事だ。 　大国にテロを画策したのがきっかけというのが表書き。 　裏では互いの利益を求めるがための茶番劇。 　上層部の情報操作で見事に対テロへの意欲を掻き立てられた大国国民は、だがしかし長引く戦争と身内の多数の死傷者に遅い疑問を抱き始めた。焦った上層部は身寄りの無い者と連合軍兵の死体を隠匿（いんとく）、テロリスト一人隠れたと根拠無い噂される村を次々と焼き払った。犠牲の大きな攻撃は現地民の怒りを買い、更に対大国の意識を持つテロリストが生産される悪循環。 　兵の不足を補うために考え出されるは、民間の戦争屋への依頼と無人化。 　民間兵の駒が動き、故郷に居ながらにしてゲーム感覚で遠隔操作できる無人殺戮（さつりく）ロボットが闊歩（かっぽ）する激戦区。 　開発すれば飛ぶように売れる武器の知識は福祉・介護ロボットには一切使用されず、一部の肥やしに。日進月歩の武器に対抗するは、禁断とされる核。遠方の会議室でのうのうと飲み酌み交わすお偉方は現地など知らぬとばかりに、投入するプルトニウムと数多（あまた）の化学兵器。 　増える被爆者に満足な薬も医療も与えられず。一番の被害者は、罪なく力ない──子ども。 　そんな時代を駆け抜け、それでもまだズルズルと収集のつかないセンソウは終わりを告げず。むしろ始まりさえ忘れかけられたこの時代に求められる安らぎとは『死』。 　一分一秒が命がけ。 　隣で欠伸（あくび）をしていた人間の頭が、次の瞬間には消し飛ばされているなどとは日常茶飯事。 　こんな腐りきった世界じゃあ、ユメもキボウもねぇ。 　銃撃戦をかわしつつ、至近距離ではレーザーが最適だと判断したのか怪しげな光物を発 光させた無人ロボット。その内蔵された深部のカメラを破壊し、同時に爪の先ほどのチッ プを弾き出す作業を一瞬で終わらせたラクは本体を蹴り飛ばした。 　戦争屋、武器屋に続き貴重なのは、解体屋。 　それも、腕が良くて死なないキョウウンの。 　破壊するだけが能ではなく、それを利用しての攻防。 　実践的な戦争ロボットで殺傷能力を最大限にまで引き上げられている理由から、解体作業中に命を落とす人間は少なくない。 　そのため、どこもこぞって欲しがる。強運であり凶運のそれを。 　片っ端から痛みを感じない機械を廃棄にしつつ、遥か彼方に確認した飛行物体についでの様にミサイルをブッ放す。 　汚い空に似合いの煙を上げながら、小さな爆音と共に炎上したのは監視の目。今さら壊しても、とっくにブラックリストに挙げられてンだろぉけど。 　親も兄弟も故郷も戸籍もない、身一つの自分にはそれほど支障はない。 　爆風で使い物にならなくなった止め具のおかげで、頬に当たる己の髪の毛に不快さを感じる。 　いい加減に切ンねぇと。 　女のように長くなった己の髪を適当に手で纏めて、近くに転がっている刃物を拾う。 　これでいい。 「……ンだよ」 「こっちのセリフだよ。何してるの」 　その手を掴まれてラクは眉を顰めた。 　めんどくせぇのが来た。 「見りゃあ解ンだろ。邪魔なの切ろうとしてンの」 「これで？　髪を？　この場所で？　せっかくキレイなのに？」 「部屋だったら、片づけ面倒くせぇンだよ」 　廃棄物の山の端っこで散髪するくらい、ワケも無いはず。 　イチイチ制するのが解らない。 　先ほどの激しい攻防とは打って変わって不気味なまでに静まり返った中、ラクは迷惑そうな顔を隠しもしないで声の主を見上げた。 　高そうな細身の黒スーツに身を包んだ彼は、雑用一般をこなす底辺の部類のラクから見れば他部署の上司。 　タダ、それだけ。 　それなのに何かごとにつけ、声を掛けてくるこの男が煩（わずら）わしくて仕方が無い。 「髪切るよりも先に、やることあるでしょ」 「ぁあ？」 「あーあ、こんなに大きな傷」 　遠慮なく頬に這わされた指先に、忘れ去られていたピリリとした痛みが蘇り目を眇（すが）める。 「キレイだね。痛くない？」 　ピチャ。 「くだらねぇ」 　付いた紅に舌を這わせつつ歪められた端整（たんせい）な顔に、何を言ってやがると冷笑する。 「あんた、相当ヒマだな。幹部サマ」 　タダの雑用のちいさな切り傷にまで、眼が届くほどだ。 　上層部は相当暇と見える。 　彼らにやる事があるにしろ無いにしろ、自分には限りなく興味の無いものだが。 　ヤツの本業は請け負い殺し屋。現在は事実上の最高幹部様に昇りつめ、斡旋（あっせん）にまで手を広げている。 　今まで裏や闇とされていたモノが表立ってきた。 　腐った世の中での商売だ。生きてる奴も腐りきっている。 　二極化された世間。 　公に市民を護る目的で作られた団体も消滅し、残るは力のあるヤツの自衛団体と委託。そして、貧民層。皆平等の精神はある程度の条件が満たされなければ、そこまでに注ぐ余力は見出せない。『他人のために』今ではそれは太古の死語。現在は己のみを護るのが精一杯か、私腹を肥やすだけ。 　行き場の無い自分もその中で同類。 　己を嘲笑って、鬱陶（うっとう）しい髪を掻き揚げた。 「よくもまぁ、一人でココまでやったね」 「ぁあ？」 　見渡す限りの産廃に呆れた声を上げられる。 「外回り」 　ラクは心底いやな顔をした。 　別名、草むしり。一応でもラクの属している組織の施設の外回り。 　命がけであるが。 　時々、何を思ったか組織内での罰ゲームに使用される、ラクの仕事の一つ。 　吹きさらしになっている建物外では大地に草木が生える余力も無く、また侵入者を発見しやすいように辺り一面更地になっている。草むしりとは、即（すなわ）ち雑草のように湧いて出てくる、侵入者の排除。 　その第一段階が、ラクの仕事の一つ。 　今までラクの前に何百何千人もの人間離れした人間の皮を被ったバケモノ達が従事したが、皆この世に残っていない。 　現在、一見華奢（きゃしゃ）な子どもの様なラクが最長記録を塗り替えている始末。 　どちらにしても、第一関門が突破されようと組織内の血の気の多い輩が黙っている訳がない。 　己の仕事ぶりが評価される事はなく、そこで終わったらソコまでのヤツだったという認識。 タダ、それだけ。それ以前に、己が存在していた事すら知られず済まされる可能性も高い。 「生命（いのち）は惜しく無いの？」 「興味ねぇ」 　それほど大それたモノでもなく、さもどうでも良さそうに吐き出した。 「──そう。はい、プレゼント」 「ぁあ？」 　強引に掌に乗せられた物体に、ラクは眉間に皺を寄せた。 「アメ。知らない？」 　──知っては、いる。 　甘ったるく砂糖が主成分の菓子。 「……なンか盛ってあンのか？」　 　さも疑わしげに白とピンクの包みを睨みつけるラクに彼はちいさく笑った。 「信用ないね」 「ああ」 　信じられるのは、己のみ。 「人の好意は素直に受け取りなよ」 「あんたが人間っつー、確証はねぇ」 　第一こんなものを、大層な幹部様から頂く理由は更々ない。 「それもそうだね。キミもね」 　たとえ同じ組織であろうとも、背を預けるなどと自殺行為に等しい。 「虎視眈々とあんたの首、狙ってるかもしれないぞ」 「キミは無いんじゃない？　他はいっぱい居そうだけど」 「さぁな。おい、幹部サマ。怪我すンぞ。とっとと、暖かいお部屋に戻れ」 　しっしと手を振ってぞんざいに扱っても特別気分を害した風も無く、軽口を叩くのを止めないのっぽにそれほど頑丈でないラクの堪忍袋の緒が悲鳴を上げはじめる。 「あんた一体──」 「お客様だね」 　カサカサ。 　一面に広がる八本足の節足動物を模した機械の山。普段は単体で情報収集に回るはずだが、この数は尋常ではない。 　広がる禍々しいまでの赤黒さにラクは舌打ちした。 　目的ありだ。 「──あんたか」 「うん？」 　閃いた事柄に手近な産廃を蹴り上げる。 「危ないね」 「うるせぇ。だから、てめぇは──」 　邪魔だ。 「久しぶりに運動でもしようか」 　コキッと手首を鳴らして自ら先陣を切った、他部署上司にラクは最早何も言わなかった。