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人里離れた深くて暗い森の中に、その魔法使いは棲んでいた。 「あ~……都会のタワーマンションの3LDKの部屋に住みたいなぁ~……」 新築マンションの入居者募集のチラシを見てつぶやいている、彼の名はノーマ。 本気を出したら国を一つ簡単に消滅させることができるほどの強大な魔力を持つ、大魔法使いである。ちなみに29歳独身だ。 「ペットokの物件は高いらしいぞ。……というか、おまえの稼ぎで都会のタワマン3LDKは敷居が高すぎる。身の程をわきまえろ」 そんな彼のボヤキに突っ込むのは、彼の使い魔である黒妖犬(ブラックドッグ)のポチだ。 「厳しっ……ていうかおまえ妖犬じゃん?気配とか消せるだろ?何都会に出たらふつうのペットみたいな顔しようとしてんの??」 「当たり前だ。俺だって毎日こんな陰気な森の中で根暗な童貞の相手をしてるより、楽しく愉快なご近所(けん)付き合いがしたい」 「どどど、童貞ちゃうわ!!」 「うるさい、魔法使い」 「魔法使いだけど!?でも俺まだ29だし!!」 どこかの国の言い伝えでは、30歳になるまで童貞だと魔法使いになれるらしいが……この世界においては特に関係なかった。 生まれついて魔力を持ち、その能力を使いこなせる者が所謂(いわゆる)魔法使いと呼ばれるのだ。 そんな大魔法使いノーマは、都会暮らしに憧れていた。年相応の若者らしく、毎週末どこかの酒場でウェイウェイ言いながらビールジョッキで乾杯してるような…… 「おまえコミュ障だから無理だろ」 「うぅ……って、別に俺コミュ障じゃないから!ちょっと人見知りが激しいだけだし!つーか俺がかの大魔法使いノーマだって分かったら誰も一緒にウェイウェイやってくれないだけだから!!」 「自分で大魔法使いとか言うの、恥ずかしくないか?」 「少し……」 いや、だいぶ恥ずかしい。 何故そこを突っ込むのだ、この使い魔は――。 ポチはそのほんわかした名前に似合わず、ドSだった。 というか、黒く美しくおそろしい容姿の自分にポチなどというありふれた名前――むしろ最近は滅多に聞かない――を付けた主人を純粋に恨んでいるのだった。 彼は『シュバルツ』や『ルートヴィヒ』などのかっこいい名前が良かった。 「はあ~……暇だ……」 「暇なら薬でも作って売れよ。ガチな毛生え薬とか痩せ薬とか開発したらおまえ、ノーベル化学賞もんだぞ」 「金持ちにもなれるかな?」 「なれるなれる」 「んじゃあちょっと頑張ってみようかな~……この世のハゲとデブのために」 「言い方」 そんな折。 ピーンポーン………と、玄関の呼び鈴が鳴った。 「おや、珍しい……こんな時間にお客さんだ。ポチ、出迎えてあげなさい」 「テメーで行けや」 「はい……」 涙目になりながら、ノーマはよっこいしょと重い腰を上げて客人を迎えた。 「はーい、どなた?」 朽ちた木で出来た薄っぺらいドアを開けると、そこには黒いフード付きのマントを目深に被った人物が立っていた。 男性の平均身長より少し高いノーマよりもだいぶ背が低く、子どもか女性のようだ。 「……ここは、かの有名な大魔法使い、ノーマ様のご自宅ですか……?」 その声は低くはないが、高くもない。 少年だ、と直感した。 「あ、はい、大魔法使いノーマの家です。やっぱり他人に言われると照れるなぁ~」 「貴方は使用人ですか?」 「いや、本人だけど……」 俺ってそんなにオーラ無いのか……、とノーマは軽くショックを受けるが、理不尽な扱いなら使い魔のおかげでだいぶ耐性が付いている。 「ええっ貴方が!?嘘、全然そうは見えない!あ、いやなんでもありません、その」 「別にいいけどね……」 どうやら客人は、思ったことがすぐに口に出てしまうらしい。 「僕はアデルといいます。あの……唐突ですが、僕を貴方の弟子にしてください!!!」 「へっ?」 客人は思い切りよくそう言って、ばさっと目深に被っていたフードを上げた。 するとフードの中から、軽くウェーブの掛かった目が眩むような金髪で緑の目をした、世にもうつくしい少年が姿を現したのだ。 「ぅおっ!?……えっと……ここ、大手の芸能事務所とかじゃないんだけど?」 「アイドル志願ではありません!あと、100歩譲っても弱小事務所にしか見えません!」 「あっ、大手事務所とか勘違いも甚だしい発言してすいませんでした……」 弟子入り志願者の手厳しいツッコミに耐えながら、とりあえずノーマは話を聞いてやることにして彼を家に上げたのだった。

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