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第1話
男が呪術師と寝るようになってから数週間がたった。
男は最初大層浮かれていた。
これで恋人同士になったと思ったからだ。
だが、ベッドを共にしても呪術師の態度が変わることはなかった。
そっけない応対で、夜以外は付かず離れず。
「好き」とも「愛している」とも囁くことは無いし、行為が終わったベッドで男が朝目を覚ますと呪術師はもう居ない。深夜に抜け出して自室へ帰ってしまうようだった。
日々弟子として家事雑用をこなし、
呪術師と寝て、
目覚めれば隣には誰もいない。
(先生と一緒にいられるのは嬉しいけれど、恋人っていうのはこういうものなのか?)
誰ともお付き合いと言うものをした事のない男にはわからなかった。
加えて、
「外出?ダメダメ。診療所の結界の外にはまだ出せねえよ。アンタの魔力がもうちっと落ち着かねえとな」
と言われてずっと引きこもり生活だ。
一向に晴れないこのモヤモヤはそのストレスもあるかもしれない。
そんな不安を抱えた朝食時に呪術師が言った。
「今日は西街の方に出て来ますよ」
目玉焼きに胡椒をふりかける手を止めて男が顔を上げる。
「え!泊まりですか?俺も行きたい!」
だが思った通り呪術師の反応は芳しくない。
「うーん。でもねえ」
キレイな作りの小さい顔が傾き、柳眉が中央に寄る。
だが今日の男は負けない。
「そろそろ外に出してくれよ。買い物にも、本屋にも行けないのはもう嫌なんだ。荷物持ちでも何でもするから!」
「まあ確かに、随分軟禁状態でしたもんねえ……わかりやしたよ」
折れる呪術師に男の顔が輝く。
だが呪術師は意味深な笑みを浮かべて続けた。
「でも、条件がありますぜ」
朝食を終えて、久しぶりの遠出に機嫌の良い男を呪術師は寝室に呼んだ。
(ああ、さっき言ってた条件ってやつかな?)
見当もつかないままノコノコ呪術師の寝室に向かった男は、呪術師の差し出した物を見て叫んだ。
「俺にブラジャーつけろって?!正気かよ先生!」
呪術師が取り出したそれは、黒のレースをふんだんにつかった女性用の胸部下着。
つまりどう見てもブラジャーだ。
蝶がモチーフになっており華奢だが作りは上質で、エロティックだが品のいいデザイン。
しかし、大きさだけが妙に大きい。
「違う違う。淫の魔力がフェロモン化してダダ漏れの旦那専用の『封印具』です。せっかく結界のお陰で落ち着きかけてた旦那の魔力が、ピンクスライムの所為でまーた活性化しちまったからねえ。魔力が特に集中してる、俗にいう性感帯を封印具で抑えとかねえと結界の外には出せねえんですわ」
「で、でもよお」
淫靡なレースの美術品から視線をそらす。
見るのも恥ずかしいそれを身に付けろというのか。
身じろぎする男に呪術師が畳み掛ける。
「本来ならまじないのかかった鉛入りジャケットになるところを、俺が工夫した超軽量化封印具ですぜ?」
「見た目まんまブラジャーじゃねえかよ……」
「そりゃブラジャーがベースだから」
「……黒レースなのは?」
「俺の趣味でさ。ちなみに下履きもあるからな」
「こっちも黒レースかよ!しかもガーターベルト付き!!」
「尻の方にはこいつを付けてもらいますぜ」
呪術師が摘んだ細い紐の先には、つるっとした小さい球形が連になりぶらさがっていた。
「この玉の方をケツに入れて使います」
「はあ?!」
「強すぎる魔力を内側から抑える魔石だ。今日は4連ほどあればいいか……」
直径3センチほどのピンクの丸玉が連なっている紐に香油を塗りつけると、呪術師は男にゆっくり歩み寄る。
「お、おい、うわぁっ」
傍らのベッドに男をうつ伏せで押し倒すと慣れた手つきでズボンを剥ぐ。
むき出しになった尻が緊張で強張っているのを、呪術師は優しく撫でた。
「ほれ、力抜いてくだせえよ」
こういう時の呪術師はずるい。そんな優しい声をかけられたら逆らえないではないか。男はため息を1つついてなんとか力をぬく。
「……っ」
「イイ子だ」
人差し指で縦割れの蕾を優しく解す。
くちゅ、くちゅ、と音が男の耳を苛んだ。
一粒、そしてまた一粒飲み込まれていく玉。
腹の奥に燻る熱を見ないふりをしてこらえる男。
封印具をつける為だけだとわかっていても、呪術師の指は優しくて、男は目の前がクラクラした。玉が1つ増える度圧迫感と、もどかしさでつい腰をくねらせそうになる。
「よし上手に飲み込めたな。旦那。次はブラだ」
楽しげにブラジャー型封印具をハンガーから外す呪術師を恨みがましそうに見上げる男。
「せめて封印具って言ってくれよ……」
ブラジャー型封印具は男の身体に過不足無くフィットした。いつ計測したのか心当たりがない所が怖い。
どこで覚えたのか、呪術師は手際よくブラを男に付けて、同じくレース拵えのタンガを履かせ、しっかりガーターベルトを留めた。さすがに絹の靴下が無い事に男は僅かにホッとする。
「俺の見立てに間違いはなかった……!」
珍しく感動した風に呪術師が拳を握る。
「このパンツ履いてる意味あるか?!あと胸、なんかキツイ!」
「ブラジャーってのはそういうもんだ。カップもアンダーもバッチリなはずだから、あとは慣れだぜ旦那」
鍛えられ隆起した胸の半分を優雅に覆う芸術品。
連日の呪術師の責めで幾分成長した乳首がツンとレースを押し上げ、黒いレースの影越しにもわかる肉色の艶がいよいよイヤラシイ。
パットのない、レースだけで胸を包むタイプで、厚みもないから服を着込んでしまえばバレることはないだろうが、男はそわそわ落ち着かない気持ちになる。
誰も触っていないのに、胸や股間をシルクで覆われて、意識がどうしてもそちらに向いてしまう。普段シルクなんて身につけたことがない所為か、それとも女性用下着を着ているという背徳感からだろうか。
そして、少し離れたところから腕を組み、じっと真剣な顔で男を観察している呪術師の視線が辛い。
胸に、股間に移動する度に、毎夜なされる痴態を思い出してしまう。
触れるか触れないかで散々焦らして、泣いて懇願しても許してもらえない。
失神寸前でようやく止めを刺されて、そしてそれから……
カッと熱くなる身体。
だが、そんな男の気持ちを知ってか知らずか、呪術師はにやりと笑うと。
「さて、じゃあ服を着て出かけようか旦那」
と言った。
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