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第7話
オレの背に頬を押し付けながら、少しむっとしたように師匠が言う。
わかっていないなんて、どうしてそう思うんだろう。
大体、この体勢はちょっと困る。
「師匠、重いです」
「本当にわかっているのかい? 私は必ず先に逝くのだよ?」
本当に仕方のない人だ。
大好きだ。
動きにくいけれど服越しに伝わる体温が嬉しくて、腰に師匠をぶら下げたまま、作業を続ける。
「千草」
「……ここから先の人生は、師匠の方が短いのでしょう? だったら、少しくらい分けてあげますよ。自分のやりたいことなんて、師匠がいなくなってからでも充分探す時間はあります」
「いつから、私の可愛い千草はこんなに意地悪になったんだろう」
「さあ……いつからでしょうねぇ」
「あんなに純粋で可愛らしかったのに」
「可愛くないオレは、嫌ですか?」
師匠がいなくなった後のことなんて考えたくないのに。
ずっとこのまま一緒にいたいのに。
「嫌なわけがないだろう?嫌なら、お前に手を出さないし、きちんと先のある日の塔の後継者に推している。私付きの従者だなんて先のないものにするのは、私のわがままだ」
ぎゅううっと、抱きつく手に力を込めて。
背中に向かってつぶやかれた言葉。
それがどれほど幸せかなんて、あなたは、測ろうともしていないでしょう?
そっと腰に回された手を外し、師匠と向き合う。
額に、まぶたに、頬に、唇を落としていくとくすぐったそうに目を細めて師匠が笑った。
「日が暮れたら、たくさん、しましょうね、師匠」
「できれば、ほどほどに」
「どうして? 久しぶりすぎて、我慢できないです」
「我慢しておくれ」
「明日の仕事は、全部オレがひきうけますから」
「分かっていないね、千草」
ああ。
ちゃんとわかってくれているのかもしれない。
やさしく綺麗に微笑む師匠を見て、唐突にそう思った。
「朝の観察作業は、散歩のようで、私はお前と歩くのが大好きなんだよ」
この人がオレの世界のすべてなんだ。
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