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第1話
「ヘッブシッ! うーさみっ」
くしゃみと同時に鮮やかな金髪が盛大に揺れる。冷たい風が頬に当たりカサカサと落ち葉が舞う。急激に下がった気温にぶるりと身を震わせた。
(本格的に冬に入る前に服買わなきゃなぁ)
高校二年生にもなる小太郎はここのところメキメキと身長を伸ばし、去年の服が合わなくなっていたのだ。
太陽も沈みかけた頃、ようやく家に到着し鞄の中から自宅の鍵を探しつつどこに服を買いに行くかと思考を巡らせていると自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「小太郎!」
親よりも聞きなれた声にふり向けば制服に身を包んだ幼馴染が立っていた。俺は学ランだが、この幼なじみには名門校のブレザーが良く似合う。
美人なカーちゃんに似た幸運なこいつ名は風間圭。幼馴染でありなんでも話せる唯一の親友だ。
最近やけに色っぽくなったと仲間内でも話題になっている。ついに恋人でもできたか?
「おー先週ぶり。そっちもテスト期間終わったか」
「うん、えーっと、あのさ…ちょっと話したいことがあるからうちこないか?」
どうした、と言いかけ視界の端にこそこそと潜む集団に気づく。相変わらず俺を親の仇のように睨む奴ら。こいつら全員圭の熱烈ファン、もといストーカーどもだ。幼なじみだってだけで地味な嫌がらせをしてくるこいつらには俺も辟易していた。
金髪でピアスだらけの文字通りキズものな不良。ガラの悪い高校に通い、ケンカばかりしている俺は圭に相応しくないらしい。面と向かってケンカを売ってくればいいモノを……陰険な感じにコソコソとするしかしないんだよなあ。
「おー。夕飯食ったら部屋行く。オススメ漫画持ってくぜ」
「うちで食えば?」
「いや、食わなきゃいけない残りがあんだよ」
「わかった。来る時知らせて」
家に入って玄関に荷物を放り投げる。学ランを脱ぎハンガーにかけると裏地に刺繍された虎と牡丹が見えた。俺が一番好きな構図。高校入学時に刺してもらってオーダーメイドだ。
昨日の残りであるやや肉多めの焼きそばに即席のワンタンスープ、ついでにおにぎりも握る。それらをぺろりと腹にかっ込むと、私服に着替えてから忘れかけていた洗濯物を取り込んだ。帰ってきた後で畳めばいいだろ。
小さな時からネグレクトぎみな家庭で育った小太郎はすべての家事は自分でやることにしていた。自分のことは自分でやる。それが己の信条だ。
それに家事、特に料理は嫌いじゃない。1度ヘマして胸から腹に熱湯を浴びた時は死ぬかと思ったけど。体に痛々しい火傷の痕は残ったが、まぁ男だし気にするもんでもない。そんな時でもあのクソ親は保険証を放り投げるだけで何もしなかったな。
親は俺が犯罪を犯して迷惑をかけないなら何をしてもいいと思っている節がある。いやあの親なら犯罪を犯したとしても興味は引けなそうだ。そのぐらい、薄い関係。
昔は何故自分にかまってくれないのかと悲しんだものだが、そんな放置子である俺を我が子と同然に面倒をみてくれたのが圭の両親だ。今どき居ないぐらいの良い人達。きっと一生頭が上がらないだろうな。
まあ、周りの家族との不仲を見聞きするたびにわずらわしくない家族が居ない方が楽か、と開き直ることにしたんだが。
「うし。行くか」
圭にメッセージを送り、新刊の漫画を何冊か鷲掴みにすると家に鍵をかけて隣の家に向かった。
子供の頃、いつでもうちにご飯食べにきなさい!と渡された合鍵を使うのも最早習慣だ。
「おばちゃんお邪魔しまー」
「あら小太ちゃんシフォンケーキがあるの食べる?」
「超超食べます」
「はいこれ、上に持って一緒に食べて」
「おばちゃんの作るこれめっちゃ好き。ありがとー」
「圭〜? 俺の部屋きてー」
「お~」
ノックをしてからはいる。幼馴染の部屋は相変わらず綺麗に整頓されていた。汚れた時なんか見たことないな。
ラフな格好に着替えた圭が椅子ごと振り返る。一瞬だが首元に内出血のようなアザがみえた。ほほう……キスマークか?
にやにやしながらケーキを置きつつローテーブルの前に座る。
「テストどうだった?」
「ぼちぼち」
手応えは感じた。勝利の美酒、ならぬ勝利のシフォンケーキをぱくつく。うめぇ。
「じゃあ割と良さそうだね」
俺の通う学校はヤンキーばかりの馬鹿学校と言われているが、成績さえ残せば何をやってもいいという自由な校風だ。もちろん犯罪以外だけど。
俺も仲間も馬鹿そうに見えて割と成績は上位である。その証に金髪でピアスだらけだとしても誰にも咎められないわけ。っと、そんな話をしに来たんじゃない。
「そういや用事あったんだろ? あれか? またストーカーに下着でも盗まれたか?」
「今は室内に干してる、じゃなくて……「恋人ができた、だろ?」
言葉を遮りながら単刀直入にぶつけてやる。ニヤニヤしていると圭は真っ赤になって頷いた。相変わらずすぐに顔に出るな。顔がゆでダコみたいに真っ赤だ。
「あー……わかった?」
「お前そーとーわかりやすいぞ。色気ダダ漏れだし。だから女でもできたんだろうなと思っただけだ。へへへ……それにそこ、首元赤くなってんぞ」
「えっ」
フォークで首の方を指してやれば、ばっと首を手で隠す。おせぇよ。笑
「近所、追っかけ、ストーカー全員気づいてんじゃね? 童貞卒業おめでとう圭。俺がうまいんだ棒を奢ってやろう。で? どこの誰なんだ?」
「うまいんだ棒って30円じゃねーか。
あー、そのな、
……男なんだ」
「……ふぁっ!!?」
俺は驚いてシフォンケーキを吹いた。
「ま、まぁ驚くよなー。俺自身も驚いてるし」
「ちょおま、ホモじゃないって言ってただろ!?」
「なんつーか、やっぱ男は無理だけどさー、その人だけは受け入れちゃうっつーか……一緒にいて幸せなんだ」
「ラブラブじゃん……圭がそれならいいけどよぉ。あービックリした……ハンタが再開したぐらいビックリした」
「そんなにか!?」
脱力してフローリングの上にゴロゴロと転がる。まじかー圭に男の恋人かー。相手の顔みたら殴るかもしれねぇ。うちの子に手をだして!みたいな。
これが父親の心境か?あーくそー。
「本題なんだけど。コタさぁ、恋人ほしいか? 家族になってくれる、恋人」
「ホモデビューが本題じゃねーのか。紹介してくれる、にしても……俺には難しいって分かってるだろ? それに俺の理想の恋人はタイガだぞ?」
ニヤリ、と笑うと知ってる。と呆れぎみに返された。長年、シツコイぐらい言ってきたからな。
タイガ、というのはアニメキャラだ。
197cmの長身、見惚れるほどの肉体美を纏う筋肉ムキムキの武闘派系軍人、頭も切れる。黒髪に虎の耳と尻尾を生やしたイケ面B型乙女座なぴっちぴちの37歳のオッサンだ。
軍では優秀な部隊長だったが、秘密裏に進められている計画に感づいてしまったことで、上層部に嵌められ冤罪の末に処刑されそうになる。ギリギリのタイミングに仲間の手で救われ逃亡する。
指名手配された彼は執拗な追っ手に幾度となく殺されそうになったり、大怪我を負ったり……だけど見ず知らずの人を助けたり、その結果その人らが仲間になって徐々に味方が増え、謎を解明しながら再び這い上がるハラハラドキドキのストーリーだ。
その当時深夜アニメとして放送されたそれは、小学生だった俺を瞬く間に惹き込んだ。
全体的にシリアスなはずなのに、彼はいつでも微笑んでいた。飄々としていて頼りなさげなのにここぞという時にカッコいい。強くて大きな背中。
ドキドキして、憧れた。
アニメキャラなのに恋をした。
憧れて、ときめいて、絶望した。
どんなに恋い慕っても二次元なのだから。
あの時から、好みのタイプはそのまんまだ。
恋を自覚した次の日には圭にカミングアウトしていた。ホモになった7歳児ってどーよ、と自分でも思う。
しかしアニメキャラが理想だと言っているのに笑いもせず、俺らは友達だろ?と告げてくれた圭。あの日の事は忘れない。
で。ただでさえ男同士なんてハードルが高いのに、理想に近い相手と出会えるはずもなく。妥協なんてできない俺の捻くれた性格を考えたら……わかるだろ?未だに恋人なし。のうえ童貞……奇跡でホモなタイガ似のガタイがいいワイルドな男と出会えたとしても、不良の高校生なんて相手にもしないだろうしな。
「小太郎、これから話すのは小太郎だけだから秘密にしてほしい」
「なんだ改まって」
いつになく真剣な圭に起き上がって対面する。
「俺はさ、魔法使いに運命の相手と出会わせてもらったんだ。別に信じてくれなくてもいい。俺だって最初は信じてなかったし。サイトにアクセスして、理想の恋人を書いてメールするだけ。小太郎にも試してほしいんだ」
……。振込詐欺とかで見たことあるような内容だった。でもこいつの顔は至って真剣だ。冗談を言うようなやつじゃないのは長年の付き合いだしわかってる、が。
困惑ヅラを晒す俺の気持ちを察したのか圭が苦笑しながら何やら紙切れ取り出す。
「ん~イキナリそれを信じろと言われてもな。ファンタジーすぎんし。別に試すぐらい構わないけど」
「当選すればメールがくるから。必ずメールに全文目を通して」
「へいへい」
「これURL。誰にも見せないで、終わったらすぐ破棄してくれ」
「はいよ」
几帳面な字でかかれたメモを貰う。
スマホからURLにアクセスすると、黒いページが現れた。先ほど圭が話したかの内容がつらつらと書かれている。
メールリンクを押して、新規メールを開くと
件名は、"貴方の理想の恋人は?"となっていた。
"タイガ"
俺は何も考えずに本文にそれだけ打ち込むと送信ボタンを押した。
「そんな、考えずに……」
「大丈夫だ。問題ない」
悪いな。圭、俺はリアリストなんだ。
というかよく考えたとしてもタイガ以外の理想の恋人はいねぇし。
「ああそういえば、今度彼氏紹介しろよな」
「おー……あ、写メあるぞ」
スマホに表示された寄り添う二人の写真。
英国紳士、いや映画の中の王様のような金髪の外人に抱きしめられる幼馴染が写っていた。
二人とも幸せそうに笑っている。
「……お前、すげぇの釣り上げたな」
圭って面食いだったのか。
***
それから数週間が経ち、そんなメールを送ったことさえ忘れていた頃だった。
深夜2時。ベッドで寝ているとメッセージの着信音が鳴った。
「……くそ、こんな時間にどこのアホだ」
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from魔法使い
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当選おめでとうございます!
貴方は運命の恋人と出会う権利を獲得しました!ご希望の恋人を用意しましたので下記に記載されたミッションを必ず遂行してください。
頑張って二人で達成してラブパワーをMAXにしてくださいね!
貴方たちのミッションは
<子作り>です!ガンガン繁殖してね!
大丈夫!男同士でもちゃんと孕むようになっております。
ミッションが達成されると実家と行き来できるゲートが解除されます。
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魔法使いの繁殖小屋プロデュース
液晶に表示された文字を寝ぼけまなこで読み流す。
……子作りな、子作り。
タイガ相手なら俺が猫か。オッケー、長年のアナニーでばっちり自己開発済みだぜーバッチこいー。
タイガの子供ならサッカーチーム作れるぐらい産んでやんよ……
……ぐう。
ざ、ざ、ざ
「ん……?」
ざぁー!!どぽん!!
「ぐぽぽぽぽぽぉ?!」
イキナリ冷たい水の中に落とされ、パニックに陥る。どちらが上でどちらが下なのかすら判断がつかない。もがけばもがくほど服が体にまとわりついて体力を奪う。
泡が視界を埋め尽くし、鼻から水が入って激痛が走った。
(いみわかんねぇ。くそ、どっちが上なんだ)
ガボガボと空気が漏れ、身体が沈む。
(こんな意味不明なことでオレは死ぬのか……)
息苦しさで意識が薄らいだ時、水面に光を見た気がした。
何処からかパチパチという木が爆ぜる音が聞こえてくる。
(寒い。頭も喉も痛い)
「……だ、ゲホッ…!?」
酷い声だった。熱があるのか全身の節々が痛みを訴え、悪寒が背筋を走り抜けた。
(ここはどこだ)
あまり手触りの良くない毛布。
木と土塊で造られた簡素な小屋。
暖炉に灯された炎が部屋全体を柔らかく照らしていた。
机の上には動物の毛皮や牙などと一緒に果物や木の実が散らばっている。
ガンガンと痛む頭で考える。
その間取りは痛いほど見覚えがある。アニメの中で逃亡したタイガが隠れ住む山小屋。初期からラスト手前まで何度も身を隠す場所だ。
その完全再現と言ってもいい。
(なんだここ? いや、なんで俺は?)
喜びと頭痛で混乱しつつ身を起こす。
その時、ドアが開き長身の男が入ってきた。
傷だらけの男前。やや垂れ目がちな甘いマスク。フェロモンがしたたり落ちそうな鍛え抜かれた身体。そして頭上で主張する……トラ耳。
夢にまでみた彼がそこにいた。
熱に浮かされた頭がごちゃごちゃと混乱し、身体が震え、涙がぼろりと零れ落ちる。
(タイガだ……)
男は水差しを置くと、コップに入った水を差し出した。
「大丈夫だ。ここに君を傷つけるものは誰も居ない」
優しげな笑みまでそっくりだ。ふわりと男らしい香りが鼻腔をくすぐる。
受け取った水を飲み込むと、震える手でコップを返した。顔が暑くなるのは熱のせいだけじゃない気がする。
心臓が馬鹿みたいに甘い痛みを発している。
夢か?夢なのか?夢でもいい。時よ永遠に止まれ!
ふいに、彼の顔が悲しげに曇る。
何かしてしまったか。ぼおっと見つめていると、彼は微笑み口を開いた。
「君さえよければ、耳にある証を俺に外させもらえないか?」
一瞬何を言われたかわからなかった。何のことかと考え、アニメの『設定』を思い出して身体を強張らせた。
アニメの中で、ピアスは奴隷 の証だ。
奴隷制度は禁止されているにも関わらず多くの人々が攫われて奴隷として飼われる。特に亜人は攫われる事が多い。
ピアスは所有、隷属の証。数は執着の証。
それに加えて喧嘩でこさえた痣やナイフの傷跡、さらに料理中にやらかした腹の火傷ナドが彼の勘違いを決定打にした。
彼には幼少期攫われ奴隷として生きてきた悲しい過去がある。奴隷と思わしき俺に同情的なんだろう。
俺は素直に頷くと、彼は優しい手つきでピアスを外してくれた。このピアスを外せるのも一種の特権階級だけなのだが……今は黙っておこう。
タイガ(と思わしき男)のごつごつした指が耳朶に触れる。それだけで火傷しそうに体が熱くなった。強ばる俺を恐怖故と勘違いしたのか、男は優しく、いたわるように対応してくれた。
言動も、声だって、この指先だって、寸分狂いなく夢にまでみた、タイガだ。二次元を三次元にしたらこうなるんだろうなと男の体をちらちらと見ながら俯く。
そして彼の手に両耳合わせて8個のピアスが転がる。一つは拡張した0号だ。
「これは俺が処分する。今は体力を回復するようにぐっすり休め」
彼に撫でられ、視界が潤む。
……お休み。タイガ。
次に目覚めると、男の姿はどこにもなかった。あれは都合のいい夢だったのではと不安になる。
だるい身体を寝台から起こすと、自分よりも大きなサイズの服を身につけていたことに気づく。
彼の服だろうか。自分のものではない体臭を感じて胸が高鳴った。
物音が聞こえドアから隣の部屋に行くと男が釣竿を持って出て行くところだった。
「起きたか。気分はどうだ?」
「……もう大丈夫、です。た、助けてくれてありがと……」
「釣りしてたらいきなり滝壺に落ちてきたからなぁ……ビックリした。助かって良かったな」
「俺もビックリ……。あ、釣り行くなら俺も連れてって。汗流したい、です」
「分かった。だが無理はするなよ」
どきどきと彼の後をついていく。
何度も夢見た大きな背中が…触れられる場所にある。
飛び上がってこの想いを叫びたい。
いや、ダメだ、にやけるな俺。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は……タイラー。お前さんの名前は?」
(名前まで似てるんだ)
「俺は……小太郎……」
「クォタロォ? 不思議な響きだな」
イントネーションが多少違うが、タイガ、いやタイラーに名前を呼ばれたという事実に俺は感動のあまり打ち震えた。
樹々と岩に囲まれた渓流に到着する。
上流の方をみると恐らく俺が落ちた滝壺があった。俺良く生きてたなぁ。
タイラーが釣りの準備し始めたので、少し離れた下流のほうへと向かう。
辛うじてお互い見えるような位置までくると岩陰で服を脱ぐ。全裸になると冷たい川のなかへと入った。深いところでも腰ぐらいまでしかない。座り込んで頭や身体の汗を流して行く。ついでに煩悩も。
川に全身を浸らせながらこれからのことを考える。
……彼について行きたい。
もしこれがアニメと同じ世界で同じ流れなら俺は役に立つはずだ。大筋は変えないように彼のサポートに徹するのがいいかも。
でもきっと彼は拒否する。自分のせいで誰かが傷つくのが嫌な彼だから。
といくら考えても、彼が同一人物なのか、本当にアニメと同じく逃亡しているのか、すべて憶測だし、確認しないと何もできないのだけど。
……そもそも俺がここに落ちてきたのは十中八九あのメールのせいだろう。
魔法使い。運命の恋人。
本当に、タイガに会えた。
でも。タイガは性的思考はどうなんだ?ノーマルなんじゃないか?
作中でも誰かとくっ付くことはなかったが、タイガに好意を寄せるヒロインも盲信的に慕う部下もいたはずだ。軒並み美女な人達が。
タイガが幸せならそれでいい。遠くからみつめるだけでも構わない。同じ世界に居られるってだけで奇跡だ。
それだけで、もうあとの人生いきていける気がした。
「ぉぃ……おい…?!」
ザバリと水中で漂っていた腕を掴まれる。
心配そうな彼が覗き込んできた。ビックリしたまま固まっていると、彼は手を離してあたふたと目を逸らした。
「すまない、返事がないから倒れて沈んでるのかと思ってな」
「ご、ごめん。ちょっと今後のこと考え込んでた。タイ、ラーさんの服濡れちゃったな……」
「いや気にするな。というかお前体調が悪いんだから身体を拭く程度にしておけ。風邪が振り返すだろうが……っとスマン。知らなかったか。……小太郎、お前にはこの後行く当てはあるのか?」
髪からポタポタと水が滴り、目に入る。
拭っていると忙しなく左右に揺れる虎の尻尾が目に映った。
動揺している時に出てしまう彼のクセ。そんなに心配かけたか。
「……正直行くあてはない」
「そうか。一緒に連れて行きたい所だが、急ぐ旅でな。お前さんさえよければこの後会いにいく知り合いに世話になれるよう頼んでみるが」
知り合い。同じ軍に所属していた亜人仲間のレクターだろうか。冤罪に疑問を持って影ながら助けてくれるいい奴だ。最初はツンツンした態度が悪印象すぎて敵認定してたけど。
「……お願いします」
「わかった。そいつの名前はレクターだ。口は悪いがたぶんいい奴だよ」
レクターという名前に心臓が一際高鳴る。やっぱりタイラーはタイガなのか?作中偽名を使うなんてことは無かったと思うけど。やっぱりアニメの世界とは何か違うのかな。
「タイラーについて行っちゃダメなのか」
縋るようにタイラーの長身を見上げる。
「……ちょっと面倒ごとに巻き込まれていてなぁ、子供には危険すぎる旅だ」
これはダメなやつだ。我儘言っちゃダメだな……。
「わかった。ごめん」
「なに、子供が気にするな」
「タイラー……」
「どうした?」
「……寒い」
全裸のまま、ぶるりと身体を震わせると黙り込んでしまったタイラーにタオルを投げてよこされた。
過保護な感じにマントでくるまれ抱っこされる。
完全にお子様扱いだなこりゃ。子供なんて……相手にしてくれないだろうなあ。
翌日、早朝のうちから待ち合わせの場所へと移動を開始する。霧がかった山中を進むと、視界と足場の悪さからか俺は何度も足をくじいてしまった。
二人で歩くよりもタイラーが抱きかかえて走った方が速いと言われ、またもや子供のように抱き上げられた。亜人の体力というものは本当に凄げぇ。いやタイガが凄いのか。
最後だからと開き直った俺はタイラーの首元に手を回して、ここぞとばかりにすり寄ったりクンクン匂いを嗅いだり、ガッチリした筋肉を揉んだりして心ゆくまで堪能した。くすぐったいと笑われたから嫌がられてはいないはず。
ああ、この時間がいつまでも続けばいいのに。
指定された廃屋で待っていると、メガネをかけた神経質そうな男が現れた。頭の上に狼の耳が生えている。
レクターだ。
アニメと同様に辛辣な言葉を浴びせかけてくる。タイラーはのらりくらりと躱しながらやりすごした。うう、二人の会話をナマで聞けるなんて感動する……!
「頼みごとと言うのはその子供か」
チラリと鋭い目つきで見られる。その眼光の鋭さは人を何人も殺してそうなほど物騒なモノだった。レクターの本性を知っていても緊張するなこりゃ。
「死にかけていた所を拾った。……証は俺が外した。これだ」
「ふむ、随分と精巧な奴隷の証。余程の大物と見える。うちの者に調べさせよう」
「それと本人が働くのを希望してる。すまんがお前の所で面倒見てくれないか」
「またお前は……」
お人好し、といいたいのだろう。俺も心底そう思う。
「俺を、雇ってくださいお願いします」
俺は口を開いた。口を挟んだ俺をレクターはジッと見据えている。このメガネのお眼鏡に適うのだろうかと俺も内心ドキドキだ。
「……料理も洗濯も掃除もできる。計算もできる。教えてくれれば仕事の手伝いも覚える。迷惑はなるべく、かけません」
「奴隷であるお前を引き取ること自体が迷惑なんだがな。それで、お前は働いてどうしたいんだ」
「出来れば働きに応じて報酬が欲しい、人並みの生活ができれば……」
「……フン。まぁ、いいだろう。開放奴隷は元々軍が仕事を斡旋するものだ。うん?知らなかったか。私が面倒を見る以上、勿論賃金は支払う。お前が無能なら最低賃金になるがな」
「ハハハよかったな。こいつに虐められたら仕返ししていいからな。俺が許可する」
ぽんぽんと大きな手で頭を撫でられる。
「ただの逃亡者風情が何を言ってるんだか。そろそろ目障りだから消え失せろ」
「ああ、礼はいずれな」
「コレから回収する」
「コタロー、元気でな」
「っ……また、会えるよね?」
絶対泣かないと決めていたのに鼻の中がツンと熱くなる。
今生の別れでもあるまいし、泣くな俺。タイガ、いやタイラーの幸せを願うんだ。
タイラーは何か考える素振りを見せた後、ため息をついた。
「実は俺の名はタイラーじゃなく、タイガ、というお尋ね者でな。色々解決しなきゃいけない事がある……それらが全部片付いたら迎えに来る。必ずだ」
タイガは俺を抱きしめるとそっと額に口付けた。
「俺、待ってる。ずっと待ってるから」
抱きついて泣く俺をなだめてから、タイガは旅立って行った。
この後行く予定の街で彼はピンチに陥る。別れ際、その時に役立つ道具をポケットに入れておくように伝えておいた。
「……元奴隷だからといってタイガのように私は同情したりはしないぞ。精々私の足を引っ張るなよ」
(上等じゃねーか陰険クソメガネ!吠え面かかせてやんよ!)
陰険メガネと不良の戦いの火蓋が切って落とされた。
***
気づけば一つの季節が足早に過ぎ去っていた。窓の外の景色から雪が消え失せ、本格的な春の到来を告げていた。
元の世界に帰れない事にあまり未練はなかった。圭と会えなくなるのはチト寂しいが。
タイガの生きる、この世界が好きだった。
砂漠と過去の遺物に振り回される世界。
兵器と緑が共存した歪で魅力的な世界。
テラフォームされたって設定だったかな。
陰険メガネにドンドン仕事を増やされて一日中駆けずり回り、気を失うように寝る。労働基準法ナニソレ状態だ。
今では屋敷にいる全ての人間とある程度の信頼関係を築けている。家事を手際良くこなすせいか、何処でも引っ張りだこだ。
有能さ?をレクターに認められたのか、今では書類整理や雑務処理なんかも手伝うようにしている。びっくりしたのはこっちの言語も日本語だったって事かな。アニメの影響なのか……。
仕事に慣れた俺は別の活動を始めた。タイガを間接的に支えることだ。強力な仲間になるであろう人物にコッソリと最良の選択をするように誘導したり、さりげなくレクターに助言したり。
日々を忙しく送り、地味に評価され、給料がどんどん増えて溜まっていくに反比例して気持ちは沈んだ。
(あータイガに会いてえええ!!!!)
記憶が確かならばもうすぐあの山小屋に向かうはずだ。この時期なら、きっと5話あたりか。タイガの大怪我を治すために山小屋に隠れる話がある。……ヒロインや仲間と一緒に。ヒロインとイイ感じに距離が縮まっちゃうんだよなぁ。
俺に会いに来てくれるだなんて自惚れちゃいないが……せめて一目だけでも、と思い高価な回復剤や肉体活性化剤という便利なものをコッソリと購入しておいた。
ここまでの給料がほぼぶっとんだが、タイガが元気になるほうが大切だ。うぐぐとベッドに突っ伏す。そろそろ寝ないと明日の仕事に差し支えるな。
──コンコン
「コタロ、おきてる? レクター様が執務室にこいってさ」
「……わかった。すぐ行く」
おい、もう深夜だぞ陰険メガネ。いつまで仕事してやがる。
重いため息をついてから俺は与えられた部屋を後にした。
ノックをして執務室に入ると陰険メガネが珍しく酒を呑んでいた。
「お呼びで?」
気持ち悪い敬語を使うなと言われてから俺はレクターに対してタメ語だ。
「……呑むか」
「飲む! ってか、仕事はいーのか」
「あとはこれを処理すれば落ち着く」
高そうなグラスにと琥珀色のアルコールを注がれ、ちびりと飲む。
ウイスキーのような熟成された木の薫りがした。体温が少し上がる。久しぶりのアルコールについ頬が緩んだ。俺が未成年ってのは言いっこなしで。
「……ここの所やけに例の件に関する事がスムーズに進む。そう考えた時、常にお前の一言があった事に気づいた」
「おおお、俺が役立ってるってことが証明されたな」
鋭い指摘にドキリとする。内心を隠しながらフフンとドヤ顔を披露してやる。アドバイスは…少し調子に乗ってやり過ぎたか。自重するべきか。
「第二部隊のロイズを知っているな?」
「あー、前に会ったことあるオドオドした人な」
いい人で仕事もできるんだけど挙動不審な臆病者。そして何より顔が悪役ヅラ……。
アニメでは仲間を守りたくてこちら側に有利に動いてくれる。だけど単独行動していた時に味方に裏切り者だと勘違いされ殺されてしまうのだ。
あの回は泣いたなぁ。
「お前はロイズを優しく頼りになる人だと周りに印象付けた。実際、彼は有能だった。こちらの意見に賛同し目覚ましい活動をしてくれている」
よかった。死亡フラグ回避できたのか!
「しかし、だ。おかしな事もあるものだ。お前はあんな挙動不審な初対面の男に対しても必要以上に親身になり、的確なアドバイス、いやすべて知っているかのような助言を与えたな。結果、彼の命は救われた」
「お前のそれは、勘やただの思いつきにしては真実を見抜き過ぎている。まるで本質を見抜くかのように。何が起こるか知っているように。
……俺に対しても最初から普通に接して来たな。普通の人間ならば罵倒されて嫌悪や苦手意識を持つはずだ。
なのにお前は距離をとらなかった。
一体お前は何者だ?」
言葉が出ない。
ここまで全て見抜かれるなんて予想してなかった。レクターを甘く見てた。いや、俺が間抜け過ぎたんだ。
そうだ、他の人にアドバイスしたらレクターまで筒抜けになることを失念していた。
「お前がここに来てからずっと監視していた。過去も調べさせたが出ては来なかった、一切の、痕跡もだ。……お前は元奴隷なのではなく本当は密偵なのではないかと考えたが……それとも奴隷だからと同情させ、身体で籠絡して身内から瓦解させて来いとでも言われたか」
「ちがう!」
勢いよく席を立つと、いつの間に目の前に来たのか、ガッと胸ぐらを掴まれた。そのまま持ちあげられ、壁際に押し付けられる。
ガツンと頭を打ち付けくらりと視界が歪む。
「ぐっ!?」
「お前の目的はなんだ。なぜアイツや俺に近づいた。いつから探っていたんだ? 今話すなら拷問せずに穏便に済ませてやろう」
「ちげーって言ってんだろ陰険クソメガネ!」
ぐいと持ち上げられた胸元からビリビリと洋服が裂けた。馬鹿力め!
肌に残る刺し傷や火傷が露わになり、レクターは不快な表情を浮かべる。
「戦闘職でもないお前がよほどの拷問を受けたと見える」
ギリギリと締め上げられ、レクターの腕に爪を立てるが微動だにしない。
「俺はっタイガを助けたいだけだ。誰の味方でもねぇ!」
「タイガタイガと、お前はそればかりだな。 何を知ってる全部吐け」
「俺を奴隷にしてた貴族が、奴隷なら別にカンケーねぇだろって、そんな話をしてたんだよ……その、計画とか、目障りな奴とか……そゆの自慢げに語る最低の奴だったから」
(ちょっと展開的に苦しいか。設定的には一番の黒幕である貴族の大物をイメージしている。作中でも奴隷を侍らせて自慢げに計画を話していたから間違ってはいないはずだ)
「目隠しされていたから顔は見ていない、だけど腕に傷がある男……だったな」
互いに視線をそらさずに睨み合う。
だんだんと息苦しさに目が霞んでくる。クソメガネめ。あとで嫌がらせしてやるからな。
胸元から手を離され、開放されてへたり込む。はぁはぁと深呼吸しながらメガネを下から睨みつけてやった。
「今のところはそれで一応は納得しておいてやる。これ程間抜けな密偵も居ないだろうしな。実際、メリットはあれどデメリットはないのだ。ハメようとしてるのだとしても、お前は表情が顔や呼吸にですぎる。それすら演技だと言うのなら、拍手モノだ。……お前が不審者なのは確かだ。今後も監視を外すことはないから覚悟しろ。後ほど詳しいことを聞くから逃げるなよ」
「にげねっつーの……後ほど?」
「……明日は休暇をやる。西にある赤レンガの廃墟だ」
「は?」
「タイガがそこにいるから行け」
ダッ!!!
礼も言わず、跳ねるように執務室を飛び出すと自室に戻る。回復剤や肉体活性化剤などを急いでカバンに突っ込んでから弾け飛ぶように屋敷の外へと駆けだした。
月明かりだけを頼りに細い道を爆走した。やっと!やっとタイガに会える!
10分ほど全速力で走ると蔦に覆われた赤煉瓦造りの朽ち果てた廃墟が見えてきた。吐く息が白くなり霧散する。
呼吸を整えて、中に入る。
「タイガ?」
埃の積もったエントランスに寂しく声が響く。
室内は月明かりだけで照らされ、薄暗い。暗い屋敷の中をぶつからないように進んだ。しん、としたままで誰の気配もない。
寝室らしき場所に出た。月明かりが差し込み貴族のものらしきベッドが見えた。誰も居ない。気配もしない。……ほこりっぽい豪奢な寝台に腰を下ろし、ため息をつく。
俺がくるのが遅過ぎて帰ってしまったのかもしれない。
「ただいま、コタロー」
暗闇からしなやかな身体が現れる。ジャケットにマントを着込んだタイガだった。
「っ……タイガぁ!」
嬉しさが爆発して全力で飛びつく。
鼻いっぱいにタイガの香りを吸い込む。ああ、タイガだ!タイガー!
「うおっと、熱烈歓迎だな」
「ご、ごめん! あ、タイガ! 怪我は? 怪我とかない?」
「落ち着け、大丈夫だ。かすり傷程度しかない。コタローが言ってたコトが役に立ったせいかな」
「そ、そか……よかったぁ」
俺のアドバイスが役に立った。それがすごく嬉しかった。へらっとアホみたいに笑うと微笑み返してくれる。それだけで俺は天国にいってしまいそうだ。
「あ、そうだ。これ、タイガに」
がちゃがちゃと音のするカバンを引き寄せるとタイガに渡す。これからも使い所あるかもしれないし。せっかくタイガのために買ったんだから役立ててほしい。こんな事ぐらいしかできないし。
「……コタロー、……何だソレは」
「肉体活性化剤だよ、ってどうしたんだ?」
「そっちじゃない、コッチだ」
タイガは唸るような怖い表情で胸元を指差した。破られた服。引っかかれて赤くなっている喉元。むき出しの傷跡。
「あ、忘れてた……」
悲惨な事になってるなんてスッカリと忘れていた。タイガに一秒でも早く会いたくて、着替えもせずに部屋を飛び出たからな。
「……誰にやられた」
「あ、その(やべぇ怒るタイガかっこよ過ぎてマジ勃ちそう、じゃなくてどうするか)」
もじもじと赤面して顔を反らすと、さらに怖い顔になってしまった。
「まさか奴隷だったからとそんな(性奴隷的な)扱いを受けてるんじゃないだろうな?!」
「ち、ちがう。屋敷の人達はいい人だよ。これはドジッタだけだ。殴られたりしてない……それに(喧嘩とか暴力は)慣れてるからヘーキだし」
「(セックスに)慣れてる……って、(性奴隷だったのは)お前のせいじゃないだろ。これからはもっと自分を大切にしてくれないか」
ぎゅっと、抱きしめられて嬉しさが増す。萌え萌えキュンが止まらねえええ!
こんな一度しか会ったことがない俺を心配してくれるだなんて。なんてデカイ男なんだ、タイガ。いくら俺がムチャしても止めてくれるのは圭だけだったなぁ。心配されるというクセになりそうな甘いときめきに身を震わせる。
あ、タイガの体臭嗅いでたら勃起しちまった。やべぇ、離れよう。
「う、うん。いつも手を出してくるのは相手が先だったし……これから(喧嘩)は絶対にしないって約束する」
少し怒りが引いたのか、やや落ち着くと、タイガは自分のマントを脱ぐ。それを破れた前を隠すようにして小太郎を包みこんだ。ポカポカとしたぬくもりとタイガの残り香が小太郎を益々幸せにする。
「いや、決めた相手ならするなとは言わんが、でも周りがほっとくかどうか……」
「(ケンカふっかけられたら)全力で逃げるから。ははっ……タイガってそんな心配症だったっけ」
「うぐ……コタローに対しては心配症にもなる。イキナリ死にかけてるわ、久々に会えば破かれた服で現れるわ。はぁ。それにしても未遂だったからと言って許せることじゃないな」
タイガの緑色の瞳が剣呑にギラリと光る。ううん、ワイルド。男なのに妊娠しそう。
「襲われてもどうにでもなるよ。なんならタイガ、(ちゃんと身を守れるか)試す?」
タイガの目が大きく見開かれ凄い速さで尻尾が暴れている。
あれ、なんかまずったか?
「…………ぐるぉ……今、大切にしろと言ったばかりだろ。こんなオッサンを誘ってどうする」
タイガの耳がピコピコ揺れる。
俺、タイガが戦ってるとことか、戦ってる時の表情とか身体がすげぇ好きなんだよね。全部丸ごと大好きだけど!やっぱ男は戦う姿に憧れるもんじゃん?
「タイガが手加減してくれれば大丈夫だろ? おっさんとかかんけーなくね? それにタイガ相手なら勉強になりそうだし」
タイガは近接格闘も武器の扱いも上手いんだよなー。射撃とかもいずれ教えてもらいながら……親しくなれればいいなあ。
「そんな問題ではなくてだな。試すとか勉強とか……誰彼構わずというのは駄目だ、が、その前に、子供に、だな」
「子供じゃない。もう17歳だ」
「俺の半分も生きてないじゃないか……そんな子供相手だなんて犯罪だというのに俺は……」
「タイガのケチ~。なんてな。やっぱ(ケンカに)身体が慣れてるし、たまには発散したいんだよな…(ストレス)溜まるし」
「ぐるぉ……そうは言ってもな。俺は、コタローには優しくしたいんだ」
そう思ってくれるならしょうがないか。でもやっぱ自分を守れるぐらいは鍛えたいよな。
と、なるとー
「じゃあレクターとかどうかな? あの陰険クソメガネなら容赦なさそうだし」
「…………そこで、なぜあいつの名前が出るんだ」
不快だ、と射殺すような目付きで睨まれる。タイガはぐるる、と威嚇するように喉を鳴らしている。
「え、あー? あの人メガネの割にはいい筋肉ついてるから?」
タイガより絶対弱いし。いや鬼畜がプラスされるから鍛えてくれなんて言ったらボッコボコにされそう。つーか、密偵?の疑いもかけられてるし最終的に拷問にでもなったらシャレにならんな。
と考えているとタイガはガックリとうな垂れると耳を左右にへたらせた。あのメガネと喧嘩させるのがそんなに嫌なのか?
「身体か?身体なのか? はぁーー……やめろ。俺が相手になるから他の奴とは試さないって約束しろ」
「わかった!」
「気持ちのいいほどの笑顔だな……はぁ、後悔するしても知らないからな」
「俺、タイガ相手なら何されても後悔しないよ」
例え、利用されたとしても構わない。
タイガの首に腕を回してすり寄った。
「小悪魔め」
嬉しそうにそう呟かれ、噛み付くようなキスされた。
(は?え、え?えええ?ぬあああ!?)
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