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第4話

「お前達はここで待ってろ。」 見上げてくる狼二匹に告げる。 夜と闇がいては目立ってしまう。 自分が戻るまでこの従順な二匹がこの場を離れることはない。 大人しく座って見送る狼を街道の外れに残し、人間のふりをして街へと足を踏み入れた。 人間の世界に入るのは容易い。 暗闇に紛れて音もなく街の中を移動し、目的の店へと向かった。 夜の街は賑やかで、あちらこちらの店の中から賑やかな笑い声と歌声、陽気な音楽が流れてくる。 通りには酒と肉の焼ける匂い、それに女達の香水の香りが混ざり、冷たい空気に色を添えていく。 「くっせ···」 香水の匂いに眉を寄せる。 利きすぎる鼻は人工的に作られた香りに敏感で、その甘ったるい匂いがどうにも好きになれない。 「遊んでいかない?」 裏路地ではやけに薄着の女性達が妖艶に微笑み、アルコールの匂いを漂わせた男達を誘う。 女性を連れて暗闇へと消えていく男。 蔑むように女達に視線を送る身なりの良い女性。 昔から変わらない人間の世界の中、蔑まれ物のように扱われても挫けることのない彼女達の生き様は嫌いじゃない。 あの逞しさや儚さは狼の世界には無いもので、力の弱い人間の中でも更に力を持たない人々の一生懸命さは、野生に生きる自分達とは違う強さを持っているのだと思う。 ···あの匂いだけは勘弁だけどな。 バカになりそうな鼻を押さえ、濃い香水の匂いから逃げるように歩く速度を速めたー。 店先から酒瓶を数本抱えて出る。 店主の目を盗んでかっぱらった酒。 様々な種類のアルコールは、いつも自分を程よく酔わせてくれる。 「···ん?」 夜と闇が待つ森へ帰ろうとして、クンッと鼻を鳴らした。 裏通りへと続く暗く細い道の向こうから、覚えのある香りがする。 思わず足を止め、その道に視線を向ける。 暗闇の中でもハッキリと見える、その姿に心臓が跳ねた。 街に下りてたのか。 黒い上下の衣服に身を包み、自分と同じように人間のふりをして佇む男。 見間違えるはずのない愛しい吸血鬼の姿に、顔がフニャッと歪むのが自分でも分かる。 「···あ、」 喜びからすぐに声をかけようとして、言葉が喉で詰まった。 男の腕の中には華奢な女性の姿。 品の良いドレスに豪華な宝石、シルクのショールが腕から滑り足元へとスルリと落ちる。 娼婦とは違う、どこかの金持ちの娘だろうか。 まだ若いその女性に微笑みかける男の瞳が妖しく光る。 女性はうっとりと男を見上げ、やがて魂が抜き取られたかのように体から力が抜けていった。 その首筋にゆっくりと顔を埋める男。 チュッ··· 小さな吸血音がやけに大きく聞こえた。 「···っ、」 なんだ、これ。 胸が痛い。 暗闇の向こうで行われる『食事』風景に、ズキッと心臓が締め付けられる。 酒瓶を抱えた腕に力が籠る。 『嫌だ』 頭の中をその言葉が乱打する。 「········」 無言で踵を返す。 早くこの場を去りたい。 あんな光景、見たくなんかない。 パキッ! 足元に落ちていた木の枝を踏んでしまい小さな音をたてる。 『しまった!』と感じたのと、自分の足が地を蹴ったのは同時だったー。

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