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第8話

「·············」 囁かれた言葉にバッと顔を上げた。 そこには余裕そうに微笑む男の顔。 聞き間違い? いや、でも確かに··· 「い、今のって···」 期待に声が上擦る。 だって···『それ』は 「言っておくが『仮』ではないからな。いらないなら忘れろ。」 意地悪く笑うその表情に、聞き間違いなんかじゃないと顔が一気に赤らんでいく。 「いる!いる!いる!」 そう何度も叫んで、抱き着く腕に力を込めた。 興奮でパタパタと尻尾が揺れる。 嬉しい、嬉しい、嬉しい···!! 「『········』」 「···ん」 「『········』」 「うん、そうだ···」 何度も繰り返す。 それにどこか嬉しそうに返ってくる声···その度に愛しさが増す。 抱き締め返してくれる手が優しく背中を撫で、男の吐く息が耳にかかる。 意地悪で、自由で、たまに優しくて···俺よりもずっと長く生きてきた吸血鬼。 愛しくてたまらないこの男の『名前』 小さくとも俺には十分聞き取れる声で囁かれたそれに、喜びで身体が震えた。 だって、欲しくて欲しくて堪らなかったんだ··· 「すっげぇ嬉しい···ありがとう。」 強く抱き付いたまま想いを込めて伝える。 背中に触れる手が暖かい。 その温もりに大きく息を吐き、興奮でドキドキと煩い心臓を落ち着かせていく。 伝えたい、自分の心を。 応えたい、この吸血鬼が向けてくれた想いに。 「俺は『········』だ」 喜びと緊張で声が震えそうで···だけど丁寧に伝える。 ゆっくりと顔を上げ至近距離にある瞳を見つめれば、漆黒の瞳が優しく歪んだ。 口にしたのは仮ではなく、生まれ持った自分の本当の名前。 ただ一人···共に生きていくと決めた❮パートナー❯だけが呼ぶことを許される、特別な名前。 「『········』か、君らしくて悪くない。」 「っ!」 初めて呼ばれる自分の名前。 ニッと笑いながら呼ばれるそれに、ドクンッ!と心臓が跳ねた。 「面白い顔になってるよ、『········』」 「仕方ねぇだろ!見んな!!」 名前を呼ばれる気恥ずかしさから顔を隠した。 ギュウギュウと抱き着けばクスクスと笑う声が耳を擽った。 「ん···、········」 やがてどちらからともなく重なった唇。 互いに確かめるように名前を呼びながら繰り返す口付けは、今までの中で一番気持ち良い。 一方通行なんかじゃない。 この男にとって自分はかけがえのない存在になれたのだ···それを実感していく。 クゥーン··· 気づけば足元には夜と闇が座り、俺達を見上げていて。 「わ、悪い!夜、闇!」 慌てて身体を離し二匹を抱き締める。 甘えるように瞳を閉じる狼を撫でれば、頭上から穏やかな声が降ってきた。 「行こうか、········」 「···うん!」 自然と呼ばれた名前に顔が綻ぶ。 見上げた男の後ろには大きな月。 その雲一つない夜空と同じように心は晴れ渡っている。 差し出された手を掴み立ち上がれば、隣に並ぶ吸血鬼。 これから共に時を重ねていく男の手に、グッと力を込めたー。

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