1 / 4

第1話

 私は坊ちゃんの護衛兼監視兼世話係兼教育係を命じられている。  黙々とただ黙々と仕事をこなす坊ちゃんは、今年で20歳になる。部屋から出ることも、遊ぶこともせず、小さな部屋の中、たくさんの書物に囲まれて過ごしている。一心不乱に向かっている机の上には、私には到底理解できない魔法式がいくつも並んでいる。何が書かれているのかはさっぱりわからないが、これがとても恐ろしい力を持つ魔法具に仕上がることは知っている。この国が今の地位を保っていられるのは、そのおかげなのだ。例えば、魔物や敵国を内部に入れない透明な壁、例えば、空を飛べる絨毯、例えば、砲撃なんてものより強い力を発する武器、その全てに坊ちゃんの魔法式は組み込まれている。  欠伸をかみ殺しながら坊ちゃんの背中を見つめる。もう35歳、そしてこの仕事は10年目になるが、楽で暇な仕事だ。 「スミ、僕に『恋』はできるだろうか」  あまりに唐突に呟かれたその言葉に、咄嗟に反応できなかった。この部屋に私と坊ちゃん以外の誰かいただろうかと疑う程、久しぶりに彼の声を聞いた。  しかも、内容が内容だ。 「『恋』ですか」  坊ちゃんはこちらを振り返らずにただ頷いた。なるほどなるほど、滅多に部屋から出ないとはいえ、どこかで兄と弟が立て続けに結婚したという話を聞いたのだろう。  残念ながら、坊ちゃんに恋はできません。  坊ちゃんは一生この部屋で仕事をし続けるのです。  もし妻などできてしまえば、余計なことを知り、自分の立場に疑問を持ち、この国を出ていってしまうかもしれないから、だそうです。  とは、言えないが。 「してみますか、『恋』。私と」  ぽろりと出た言葉だった。  この仕事に全く不満はない、ただ毎日が不安になるくらいに、退屈で退屈で仕方がない。相手が私であれば、彼の父親もよしとするだろう。  それに、本当にこのままだとしたら、坊ちゃんが可哀想だ。  坊ちゃんは、話している最中も動かし続けていた手を止めた。椅子から降り、私の方に歩いてくる。  20歳とは思えない程、小柄で華奢な身体だ。顔つきもあどけない。経験値が偏っているせいだろう。 「いいの?」  墨で汚れた小さな手が、私の衣服の裾を引く。私は、頭2つ分くらい下にある坊ちゃんを見ながら、「はい」と応じた。 「坊ちゃんがよければ」 「スミは、僕のことが『好き』なの?」 「そうでなければ、同じ性別同士、こんなこと言いませんよ。それに、もう何年傍にいると思っているのですか。『好き』でなければ、こんな退屈な仕事していません」 「そう」  坊ちゃんは頬を赤くし、俯いた。可愛いじゃないか。襟足から覗く耳も項までもが火照っているようだ。ちなみに、髪の手入れも私が担当している。そこらの職人に負けない腕になったと自負している。坊ちゃんに似合うように、少し長めにけれどすっきり整えてある。  膝を少し曲げ、坊ちゃんの頬に手を触れる。 「どうか、坊ちゃんも私を『好き』になって下さい。私に、『恋』をして下さい」 「――頑張る」  私は坊ちゃんの唇に自分のそれをゆっくり重ねた。びくっと震える肩を抱き、更に深く舌まで潜りこませる。  無表情な坊ちゃんの整った顔が歪む姿は楽しい。 「はい。頑張りましょうね、坊ちゃん」

ともだちにシェアしよう!