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第4話

 坊ちゃんは、その才能ゆえに、母親からは畏れられ、この国の重鎮である父親からは利用されきた。ろくに外の世界も知らず、いつもその小さな手は墨で汚れていた。  感情があるのかもあやしい、無表情な子どもだった。けれど、10年、傍にいる間にそうではないことを知った。  父親から怒られれば、その日の夜は泣いてた。誕生日を盛大に祝ったときには、大いに戸惑った後、はにかむようにして笑ってくれた。  兄弟が知らぬ間に結婚したと知れば、それを羨んでいるようだった。  そして今、『恋』をしている。他ならぬ私にだ。 「スミ、どうしよう、どうしよう」  あれから、坊ちゃんの仕事量は倍以上に増えた。仕事が減らない。終わらない。  さりげなく周囲に探りを入れれば、坊ちゃんの父親が王の側近という今の立場を危うくしているらしい。それで、坊ちゃんを利用し、魔法具で取引をしているそうだ。  いくら坊ちゃんといえど、限界のようだった。毎日のように泣いて、寝食を忘れて仕事に打ち込んでいる。  このままでは。  私は、ついに決意を固めた。  *** 「坊ちゃん、外に行きませんか?」 「……外?」  気絶するようにして眠った後だった。坊ちゃんの頭はまだ完全には起きていないようで、反応が鈍い。 「外に、私の古い知り合いが来ているんです」 「スミ、の?」 「そうです。本当はずっとね、坊ちゃんに会わせたかったんです。けれど、なかなか決心がつかなくて。今日になってしまいました」 「会いたい。けど、仕事」 「大丈夫です。どうか私を信じて下さい」 「んん」 「まだ眠いでしょう? 目を閉じていて下さい。その間に全て終わっています」 「ん」  すうすうとまた寝息が聞こえてくる。小さな身体はここ最近で更に細くなったようだ。掛布で坊ちゃんの姿を隠し、屋敷から出る。久しぶりに会う見知った顔が茂みの影に隠れていた。 「10年かかった。けれど、確実に手に入れた。こんな場所にはもう置いておけない」 「こいつが神童か。いやもう童っていう歳でもないか。――よくもここまで俺達を無視してくれたな」 「罰ならいくらでも受ける。けど、こいつは、坊ちゃんは酷く扱わないと約束してくれ。これまでつくってきた魔法具の式も、その解除式も全て持ってきた。だから」 「それは上が決めることだ。ほら、行くぞ」 「――ああ」  退屈で退屈で、けれども平和で、穏やかな日々だった。私は、――俺は、色々なものから逃げて逃げて怠けすぎたのだ。あまりの心地よさに、決断できないでいたのだ。それもここまでだ。  坊ちゃん、俺は気がつかない内にあなたに『恋』をしていました。いや、『恋』なんてきれいなものじゃない、それこそ『執着』してしまっていた。  この国にいればずっとこの日々が続く。あなたと俺の2人だけの狭くて、けれど幸せな毎日が続く。そう思ってしまった。  自分の本来の任務すら忘れて。  坊ちゃんの身体を強く抱く。    退屈な日々は終わったのだ。    ***  神童の技術に支えられていた国は、突然その力を失った。そして、それを知っていたが如く、隣国に攻め込まれた。その戦争には、そこにあるはずのない神童の魔法具が使用されていた。  神童は、国の救世主として崇められ、皆から慕われる存在となった。  そして、その傍らにはいつも。  (おしまい)

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