ⅡⅩⅡ 　明くる日から、これまでセシルがハーキュリーズ家で過ごしてきた時と同じように、陽が昇るよりも前に起床し、カールトン邸の掃除をはじめた。けれどもここはカールトン家であってハーキュリーズ家ではない。セシルを煙たがる母親と娘がいない代わりに心優しい母親とその息子がいる。当然、セシルの意思を実行できるわけもない。 「セシル！　貴方はいったい何をしているの！」 　まだ太陽さえも顔を出していない朝早い時刻に、玄関ホールの雑巾掛けをしている姿を見つけられた。 　突然声をかけられ、びっくりして顔を上げれば、はしばみ色の目をくもらせて自分を見下ろしているイブリンの姿があった。 「あの、身体を動かさないと退屈で……」 　自分は死してこそ価値がある。そう思っているセシルだが、そんなことを口にすれば胸を痛めてしまうだろう。心優しい彼女に、身も心も穢れている自分に対してそのような気持ちにさせてはならない。なんとか言い訳を考えるセシルの目が宙を泳ぐ。 「いいのよ、貴方はそんなことをしなくても。ああ、こんなに手が冷たくなっているわ」 　セシルが首を振ると、彼女の細い腕が伸びてきて、冷え切ったセシルの手を包み込んだ。 　セシルを気遣う彼女の優しさが今は苦しい。自分は彼女たちと対等でいてはいけない。 「だめっ！　僕に触らないで！　イブリンが汚れてしまう！！」 「セシル？」 「……あの、僕はこれでいいんです。この方がずっと僕らしい」 　セシルは慌てて自分の手を引き戻した。美しい心を持った彼女が、こんなに汚らしい自分に触れてはいけない。 　セシルは出てくる涙を必死に押し留め、彼女の優しさを拒絶した。