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ダンスのお誘い。

 セシルと男性はそれっきり黙ったまま、ただ夜空に浮かぶ美しい月を見上げていた。  二人の間にしばし沈黙が訪れる。けれどもその沈黙は、なぜか少しも息苦しくなかった。  暫くの間、二人はただ闇に浮かぶ月を眺めていた。すると静かな夜気に漂うようにして軽やかな輪舞曲が会場の方から聞こえてきた。どうやらダンスが始まっているらしい。聞こえて来るその音楽も心地好い。  セシルはほうっとため息を漏らした。  こんなに安らぎを覚えるのはヴィンセントからの手紙を読む時以来だ。流れてくる音楽のように、セシルの心は軽い。踊り出したい気分になった。  けれど会場には戻れない。戻れば最期、自分はまた鋭い視線を浴び続けなければならない。しかも、醜い容姿をした自分の相手をしてくれる女性など現れるはずもないのだ。  セシルは自分の浅はかな考えにすっかり打ちのめされ、瞼を閉ざした。その時だ。 「一曲、いいかな?」  セシルがダンスを諦めた矢先、これまでセシルと同じく月夜を眺めていた男性が口を開いた。  セシルは突然の申し出に驚き、顔を上げる。すると隣にいる男性は自分を見下ろしているではないか。どうやらこの紳士はセシルの返事を待っているようだった。  ――さて、彼は何と言ったのだろうか。  セシルは困惑を隠せない。 「えっ? でも僕は踊ったことがないんです」  それに相手が同性では、どんなに彼がハンサムであっても様にならないのではないか。セシルは恐る恐る目の前にいる男性を見上げた。しかし彼は微笑むばかりだ。

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