24 / 241
踊れない?
「それは奇遇だ。実はぼくも踊るのが苦手でね、母にはいつも、『お前はダンスのひとつも楽しめないのか』と嘆かれているんだ。こういうパーティーに招待される度に、母は踊れないぼくを非難するんだよ」
「それは……お可愛そうに」
もし、仮に今でも母、クリスティーヌが生きていて、ダンスもろくに踊れないのかと嘆かれでもしたら、とても悲しい。セシルは彼に同情した。
「君もそう思うだろう? このままではぼくは一生ダンスを踊れないまま、母に嘆かれ続けることになる。憐れなぼくを助けると思って、どうか願いを聞き入れてはくれないか」
――果たしてこの紳士にダンスは必要だろうか。セシルは男性のことを心から気の毒だと思ったものの、ふと思い直した。
たとえこの男性が少しも踊れなくても、彼の容姿とユーモア溢れるその人柄なら女性でも男性でも彼の虜になってしまうに違いないのだ。――そう、今の自分のように……。
セシルがどう答えるべきかに困っていると、男性が腰を折り、深く一礼した。
そこでセシルは彼がダンスもろくに踊れないというのは嘘だと知った。セシルがそう判断したのは、彼は礼儀をわきまえた紳士だったからだ。
けれどもなぜだろう。彼の嘘は少しも悪い気がしない。それにセシルだって踊りたいと思っていたのだ。断る理由は殆ど消えてしまった。
「……はい」
頷いてみたものの、少し気恥ずかしい。セシルは歯に噛むようにまぶたを伏せた。
「ありがとう、これで母に嘆かれずにすむ」
ともだちにシェアしよう!