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輪舞。

 ほんの少し微笑んだ気配がする。彼はすぐに手を差し出した。セシルはその手に自分の手を乗せる。彼の大きな手がセシルの手をすっぽりと包み込んだ。  セシルは手袋があってよかったと、内心安堵した。これのおかげでこの男性に(あかぎれ)のある汚い手に直接触れられずに済むのだ。  やがて力強い彼の腕がセシルの華奢な腰に回ると、軽やかな輪舞曲と共に男性とセシルのダンスがはじまった。 『ぼくはダンスもろくにできない』  男性の言葉はやはり嘘だった。右へ、左へ。男性がステップを踏めばセシルも同じようにステップを踏む。彼のリードは完璧だった。  力強い彼の腕が――彼という存在がセシルを包み込む。それはこの男性によって守られているとさえも思える程だった。  噴水から吹き出る細やかな水が照明に照らされ、ダイヤモンドのように輝く。  セシルはとても不思議な気持ちだった。この男性といるだけで、藍色の空に浮かぶその美しい月を独り占めしているような気分になったからだ。  コオロギの虫の音と輪舞曲。装飾を施されている地面の上でステップを踏む度に、軽やかな靴音が跳ねる。  セシルが回転すれば、世界も回転する。煌びやかな世界がセシルを中心にして回っているような錯覚さえも受けた。  気が付けばセシルの唇から笑みが溢れている。  やがて輪舞曲が終わり、小夜曲へと変わると、二人のステップはずっと静かになった。  男性に触れられたその場所から熱を持ちはじめる。

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