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おまけ

 ネットショップで買ったとかいう姿のままのズワイガニ四尾と、持ち歩いて来ただけで凍りそうなほど冷え切った酒類。あらかじめギフト用のカニを購入してくるあたり、悪質な確信犯である。癪ではあるが、その招かざる客達の手土産は、おあつらえ向きに準備していた鍋の主役としてはあまりにふさわしいものだった。心の広い日夏は客ごと歓迎している様子で、丈には任せていられないとばかりにまめまめしく鍋の世話を始める。 「ひなっちゃん、さては鍋奉行だな?」 「いやでも、奉行って感じじゃないんじゃない?」 「うーん、確かに。もっと可愛い呼び方がいいよね」 「鍋の妖精とか」 「妖精かー、いいかも」  ビール片手にカニ鍋の出来上がりを待つ残り三人のうち、主に二人が日夏を肴に盛り上がるうちに、食べ頃の具材がよそわれる。ビールを呑んでいるだけでカニ鍋が目の前に出てくるのだから、確かに妖精の仕業と表現するのもいいかもしれない、などとつい冗談に乗ってしまえば、調子づいた二人がさらに日夏を揶揄い、結局はそれを叱責することになったのだが。  とはいえ、真に人を黙らせるのはカニである。朝倉はもとより、エディに対しても効果があるらしい。しばらくは、咀嚼の合間にぽつりぽつりと会話を交わす。 「朝倉は、正月休み長いのか?」 「普通です。長くも短くもなく。奇しくも東雲の休業と同じ日程です」 「そりゃ、おそろしく普通だな」 「あ、ねえねえ丈さん、あとで初詣行こうよ、初詣」 「嫌だよ」 「えー、なんで?行きたいよね、ひなっちゃん」 「……はい」  強制的に頷かされたのではないことは、気恥ずかしそうな表情からも見て取れる。 「寒いだけだぞ。混んでるし」 「丈さん、休日のお父さんみたいなこと言わないでよね」 「似たようなもんだよ」 「似てないよ、丈さんにはもっと夢が詰まってるんだから、自覚して」 「意味がわからん」 「あの、でも」 「うん?」 「俺、もうずっと、年末年始は仕事で。年の瀬だな、とか、新年だな、とか、そういうちょっと特別な気分ってあんまり感じることなかったから……その、ほんとに、嬉しくて」  両手で持ったグラスの口元が、言葉通り嬉しそうなため息でふわりとくもる。さてどうにも無自覚に強請る癖があるのだな、と、くもったグラスからやや目を逸らし、丈は苦笑した。 「そうかい。来年もたっぷり味わえるぜ」 「うん、嬉しいな……」  右肩に、少し骨ばった、それでいて柔らかいと思える感触がある。ゆっくりと頭を預けてくるこの仕草は、しなだれかかる、というやつだ。明るい碧眼と暗い褐色の瞳に、みるみる好奇の光が宿る。丈は舌打ちを堪え、向かいの二人を睨んだ。 「どっちだ、こいつに酒呑ませたのは」 「弱いって聞いてたけど……」 「ほんとだったんですね……」  ほぼ同時に、ほぼ同じように右手を上げて答える。どちらか一方ではなく、完全に共犯だというわけだ。おそらく主犯格であろうエディが、缶をためつすがめつしながら言う。 「これ、すっごいアルコール度数低いやつだよ?ほら、3%って書いてある」  レモン味のチューハイらしい。ミルクティーにほんの少しブランデーを垂らしただけで、ぐっすり眠った日夏だ。自分達にとってはジュースと変わらなくても、彼にはてきめんに効く。 「どこまでキュンキュンする設定なんだろうね、ひなっちゃんって」 「激しく同意するしかない」 「でもひなっちゃんが寝ちゃったら、締めの雑炊は丈さんが作るのかぁ……」 「エディ、それが俺達の罰だよ」 「お前ら、楽しみにしてろよ」  丈は二人に笑いかけると、日夏の脇に腕を入れ、立ち上がった。よっこいしょ、と声に出してしまったことを反省する間もなく、また茶々が入る。 「丈さん、そうじゃないよ!」 「何がだよ」 「そこはお姫様抱っこです、丈さん」 「その通りだよ、持ち方違うよ」 「うるせーな、あとでたらふく雑炊食わせるぞ。オリジナルのやつ」 「ごめんなさい」  大仰なジェスチャーで身を寄せ合う二人を尻目に、丈は隣室の襖を開ける。  明りも暖房も届かない、暗く寒々しい部屋だが。ひんやりした空気が心地良い。日夏はしばらく寝かせれば、起きてくるだろう。その頃には新年が目の前にせまっているだろうか。酔っ払い達の胃袋に染みる雑炊は、やはり彼にしか作れない。それを食べたら、何年ぶりかの初詣に出かけるのもまた一興かもしれなかった。

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