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第1話

 親父の言いつけで、うちの親戚が宮司をやっている神社に、日本酒を奉納しにやってきたのは、すっかり山が真っ赤に紅葉している秋の半ばのことだった。 「あら、もしかして、あずさくん?いらっしゃい。ずいぶん大きくなったわねぇ!」 「ご無沙汰してます」  俺の差し出した日本酒を恭しく受け取ったおばさんは、仏壇の脇に置いた。俺はすぐに、線香をあげる。仏壇の上の壁には、白黒の遺影がいくつも並べられている。その一人一人に見下ろされてるように感じたのは、小学生の頃、ここに泊まった夜だったのを思い出す。 「何年ぶりかしら。あずさくんが、中学生の頃以来だから……」 「今、大学二年なんで、五年ぶりくらいですかね」  俺は座布団の上に正座をしながら、台所のほうへ向かうおばさんに返事をした。この神社は、正確には、親父の従兄が宮司を務めていて、俺より二歳年上のはとこが跡を継ぐために、神職の勉強をするために大学に行った、という話を聞いていた。 「おじさんたちは?」  おばさんは、俺の声が聞こえなかったのか返事もせずに、台所で何やら準備をしているようだった。  久しぶりに来たこの家は、やっぱり相変わらず、居心地が悪い。遺影のこともあるけれど、どうもこの家の空気が馴染めない。それは、この家の人間にも言えたことで。 「あ、もしかして、あずさくんか?」  俺の背後の廊下から声をかけてきたのは、真っ白な神職の格好をしたおじさんだった。 「ご無沙汰してます」  慌てて振り向いて挨拶をする。そんな俺に優しく微笑みかけるおじさん。 「ずいぶんと大きくなったねぇ。今、学生?」 「え、あ、はい。大学二年になりました」 「そうか、そうか。将が次の春で卒業するんだから、あずさくんもそんな年になるんだねぇ」  俺の向かい側の席に座りながら、にこにこと微笑み続ける。なぜだか、それに違和感を感じる俺。普通に機嫌がいいだけなのかもしれないけれど、昔から、どこか厳しい雰囲気のある人だっただけに、やっぱり、気持ちが悪い気がして仕方がなかった。 「あら、あなた、戻ってらしたの」  湯呑とおはぎを二つ持って、おばさんが現れた。俺の目の前にそれを置くと、やっぱり、おじさん同様、にこにこしながらおじさんの隣に座った。 「どうぞ、あずさくん、召し上がれ」 「あ、はい」 「おはぎ、好物だったわよね?」  確かにおばさんの言う通り、子供のころは、おはぎが好きだった。俺が好きだったのは、ここの家のおばあさんが作ったおはぎだけど。そのおばあさんは、もう何年も前に亡くなって、あの壁にかかっている遺影の一つになっている。  目の前のおはぎを俺はありがたく頂いた。可もなく不可もなく、普通に美味しいおはぎ。俺がおはぎを食べている間、おじさんと、おばさんは、他愛無い話で盛り上がっていた。近所の誰それさんのところで子供が生まれた、とか、最近、年寄りばかり狙った詐欺がどうとか。ここに住んでいるわけでもない俺には、まったく意味のない話だけれど、俺は素直に、そうなんですねー、と頷いていた。

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