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捩 / 和泉莉緒

「ねぇ、パパ。しゃざいって、なに?」 「ごめんなさい、って謝ることかなぁ。」 オレがあやふやな答えを返すと、息子は首を傾げた。 「このお兄さんたち、なにか悪いことしたの?」 テレビに映っとる5人組を指差して言うた。 「うーん。…それは、どうなんやろなー?悪いとまでは言えんけど、良いことでも無い。何とも言えん感じやなぁ。」 「ふぅん。…フクザツなんやね。」 年に似合わん大人びた口振りに一瞬、ドキリとした。 「後からこんなにしてまで謝る位やったら、最初から言うな!っちゅう話やと思わへん?ホンマ、人騒がせもエエとこやわ。」 ミカン片手にやって来た莉緒が、しかめっ面で言うた。 「まぁな。」 謝る位なら云々という嫁の言葉に、オレは内心ヒヤリとした。 「こうして見ると、やっぱキム○クが一番やね。ビシッと、カッコいいこと言うてるし、やっぱり頼り甲斐があるわぁ。」 アホのような嫁の発言に、なぜか息子が食い気味に訊ねた。 「ママ。パパもカッコいいよね?」 「…うーん。パパはなぁ~、あんまりカッコようないで?」 チラッとコッチを見た顔は、なんでか半笑いやった。 「そんなことないもんっ!!毎日ちゃんとお仕事行ってるやん!?それにな、腹筋だって、ゆっくりやけど、出来るようになったし。コカンセツかって、柔らかいねんで!!」 ―ぉ、おいおい。 フォローのつもりか知らんけど。この子は一体、何を言い出すんや? 「ぁ、あんな、悠真。さっきのはSM○Pの話やねんけど?」 嫁が宥めようとしたが、ソレがむしろ火に油やったらしく、いきなり大声で叫ばれた。 「ダメっ!!」 「はぁっ?」 「ママはパパが一番、だから結婚したんでしょ!?そんなこと言ったら、パパが…パパがかわいそうやっ!」 「え?もしもし…悠真?」 全くついていけてない、ポカンとなってる嫁を見つめた顔が、クシャリと歪む。 「なんで?なんでわからへんねんっ!?ママのバカぁ!」 捲し立てるが早いか、わぁわぁ泣き出した。 ―どないなっとんねん? 嫁とオレは、無言で顔を見合わせた。 「…よしよし。」 ソッと頭を撫でてやると、ギュッと抱き付かれた。 仕方無く、そのまま膝の上へと抱き上げてやった。 しゃくりあげている小さな体をあやすように、背中を優しいに擦ってやる。 「あのね…。あかね先生が、結婚して、幼稚園、辞めてしまうんやって。」 「そうかぁ。」 「でもな。ぼくらも、卒園やから。先生と一緒やね、って。笑顔でバイバイ、しようねって、園長せんせいが…。」 ―なるほどなぁ。 幼稚園では我慢した涙が、今になって、本人も思わんような形で出てきよるんか…。 「昨日ね。結婚って、一番好きな人とするもんやって、あかね先生から、教わってん。」 「へぇ、そうか。」 なに食わぬ顔で言いながら、内心ギクリ、とした。 ―この風向きは、ちょっとマズい。 「パパは、ママのことが一番好き?」 「……もちろん。」 「ふふっ」 嬉しそうな、安心しきったような笑顔が、ココロに突き刺さる。 ―オレの一番、か。 最近は、嫁に肩に触られるんさえ、正直イヤやと思う。 そんな自分が地味にショックやとか そんな事を今この子に言える訳がない。 「だったら。真っ赤なガー○、贈りますか?」 「は?真っ赤な…なんやて?」 聞き返すと、ニコニコやった顔が、スッと真顔になった。 「え~。パパ、知らへんの?チョコのことやで。」 「ぁ。…ああ、そうやなぁ。もうじきバレンタインか。」 「ぼくはな、絶対ライちゃんにあげるねん。」 ―えっ!! ライちゃん、やて? 無理矢理貼り付けたばかりの笑顔が、一瞬で凍り付いた。 雷太? 雷蔵? ライナス? 「それって…男の子か?」 おそるおそる訊いたんは、普段よりも、ずっと低い声やった。 最近は友チョコいうんもあるらしいしな。まだオトコやオンナやてそんな意識もない年やしスキはスキでもどういう好きとかまでは… 「ううん。来夏ちゃんて、女の子。メチャメチャかわいいねん!」 「さよか。」 一気に力が抜けた。 ―紛らわしいわ!! 音だけでつけたのがミエミエなキラキラネームに、心底ムカついた。 「…パパ?」 「あ。もう8時や。そろそろ風呂入ろか?」 「うんっ!!」 その場でパッパと脱ぎ散らして、風呂場へ行く後ろ姿を見ながら、オレは溜め息をついた。 ―ホンマにこの世は、フクザツやなぁ。 オレはアイドルちゃうけど。 あの5人組と同じ位、前途多難な感じやと思った。

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