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ほろ酔いチェクイン 2

和泉は自分の指先を見て、そのまま固まった。 ―マジでこんなこと、してもええんかな? せいさんは、ちょっと酔って、ノリでここ入った。ソレだけのつもりやったんかもしらんのに。勝手にオレが、自分に都合のええように考えとるだけやったら? ―うわぁ!アカンやろ。 酔うた勢いで、しかも勘違いって、ソレ一番マズいパターンやんか? 一瞬、酔いもナニもフッ飛ぶような寒さを感じた。 ―でもさ。 こないしてもうた以上。もう今更ナシとか出来んやんな? マジでどないしょ? 頭を抱えたくなった、その時。 カサリとボトムスのポケットから微かな音がした。 ◇◇―◇◇―◇◇―◇◇― 「ぁ…そこ。」 「ココですか?」 じわりと指に力を入れてみる。 「それ……スゴく…キモチ、イィ。」 和泉は自分の前で、ウットリ言葉を紡ぐせいの様子に、内心ホッとしていた。 ―こういう時こそ、焦ったらアカンねんな。 まずは自分が深呼吸して、肩の力を抜く。 そして、相手の反応を肌で感じ取れるよう、無心になる。 ひとつ、ふたつ、みっつ。大きく息を吐きながら、耳を澄ませた。 「ふう。」 せいの吐いた息をきいた和泉が、次のポイントを探る。 「ほんなら、ココは?」 さっき反応があった延長線へと指を押し当てた。 「いたっ。」 「ぁ。間違えました?すんません。もうちょいコッチかな?」 より集中しよう、と和泉は目を閉じた。 そして、指先を僅かにずらしてゆく。 「あっ!…ッう。」 「あー、息とめんと、ゆっくり吐いて下さいね。」 「む、ムリ…だよ。」 息の乱れを感じて、そろりと力を抜く。 「キツかったですか?ほなこうした方が、ラクかな~。」 ピンポイントを突くよりも、周りを撫でて擦って、ゆっくり刺激する方がいいこともある。 「ん。いた気持ちい…」 「やっぱ、ココですね~。もう少し弛んだら、きっとラクになりますよ。」 潜り込んだ指先は、次第に大胆な動きをともなってゆく。 「ぅ、う?」 「大丈夫ですから。力、抜いてて下さい。」 労るように言葉をかけながらも、その手は休まず動き続ける。 様子を見ながら、強弱をつけ、ゆっくりと… 「和泉。も、そろそろ…」 「あ、ハイ。ほなこれで終わりにしときましょか。」 最後に、肩全体を擦ってトントンと叩く。 「お疲れさんでした。」 ―ふぅ。 額に滲んだ汗を拭おうとした手を、横から伸びた腕が掴んだ。 「一体どこで、こんな技覚えたんだ?」 「えっと…。兄貴にずっとさせられてて、いつの間にか出来るようになってました。」 和泉の兄は、駅伝部だった。 中学の頃から、ストレッチだの、テーピングだの、極限まで疲れきった身体のメンテに、幾度となく付き合わされた。固まった肩や、背中を揉みほぐす技は、そんな中で少しずつ向上した、和泉のあまり多くない特技の内の一つだ。 「へぇ~。」 向き直ったせいは、疑わしそうな目を和泉へ向けた。 「せいさんは、やっぱ腰より肩にクるタイプでしたね。料理人やからかな~?」 あはは、と愛想笑いをしつつ、じりじり後ずさる。 「うわっ!」 和泉が自ら倒れた真後ろは、ダブルベッド。 空かさずせいは、のし掛かると、手を一纏めにしてシーツへと縫い付けた。 「えっ?あ、待って!」 「待たないよ。往生際が悪いね。」 長い指が、和泉のフェイスラインを辿り、つぅっと首筋を撫で下ろした。 「ち、ちょっと、せいさん!?」 「何?」 「ぁ、アカンて、そこメッチャこそばい!」 色気の無い声で、和泉が叫んだ。 「こしょばい…ってなに?」 狙いすましていた瞳が、きょとんと丸くなる。 「あ。くすぐったいって、言うたら、わかります?」 「擽ったいの?首筋が?」 「はい。いつやったか、友達にメッチャふわもこなマフラーぐるぐる巻かれて、身動きとれんようになったことがありました。」 「へぇ。面白いね。」 せいの目が細くなった。 「あと、友達んちの猫に胡座の上へ乗っかられて。怒ったら可哀想やと思って我慢したけど、丸うなって寝られてしもて。アレもホンマに難儀やったな~。」 「ふうん。」 「わっ!」 膝のあたりに何かを感じた和泉が身を捩った。 「何してるの?」 「な、ナニって…」 焦って強張った顔が一転、ヘニャっと崩れた。 「ウハハハッ!ちょ!!ソコこそばい、って言いましたよね?」 「だけど、別に嫌がってないよね?ほら♪」 「うはっ!」 「ほらほら♪」 「や、えっ?…フハッ!!」 首に、脇に、背中に。 イタズラな手が伸びる毎に、和泉は笑いとも叫びともつかない声を何度もあげた。 「せ、…せいさん、オレ、もう腹痛いっ!!」 腹を押さえて苦しがり、滑り落ちた和泉を追って、せいも笑いながら、ベッドからおりた。 「も、アカンて!マジで苦しい…」 「思い知ったか。年上をからかった罰だ。」 真顔でせいに決め付けられて、和泉はガバと起き上がった。 「からかうつもりなんか、全然無かったんです。…オレはオレなりに精一杯ヤったつもりなんですけど。…もしかして。キモチヨクありませんでした?」 「そんなこと言ってないよ。ただ俺は、もうちょっと違う気持ち良さが欲しいな、と思ってたんだよね。」 「それは、まぁそうやろうとは、思いましたが…。」 身の置き所がなさそうに、立ち尽くす和泉を見て、せいがフワリと笑った。 「でも、まぁ。今日は、このまま寝ちゃおうっか。…おいで。」 おずおずと近寄った体を、ぎゅっと抱き締めて、せいは言った。 「次は、こうはいかないからね。覚悟して。」 小さく頷きながら、顔の熱さを隠すように、シーツへ頬を埋めた、和泉なのだった。 ………………………………… 文中にある『どっち』のオチは、結局『肩か首か』という非常にしょうもないものだったという…(笑) ドキドキしすぎて もうしません!! と言ったのはどちらの和泉も同じでした(笑)

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