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逢瀬 札幌編 1/せい

ホテルの1Fにあるスタバに立ち寄り駅前通りを眺めながらゆっくりとコーヒーを飲みながら、昨晩届いたメールを開く。 読書感想文のような内容だけが書きつづられているメールには「逢いたい」の一言が含まれていないのだ。 何度読んでも文章が変わるわけがないのに、しつこく読み返している自分の頭はおかしい事になっているに違いない。 思っていた以上に強情じゃないか・・・。 ガラスに薄く映る自分の顔が苦笑いを浮かべている。一日のスタートである朝にするにはふさわしくない表情。シャワーで洗い流した情事の欠片が残っていないだろうか。 出勤の為に道を急ぐ群衆や道路を埋め尽くす車を眺めながら、そんなことを考えた。 簡単に音をあげると思っていた和泉は、抵抗を続けている。どのくらいそれが続くのかと最初は楽しみだったが、最近は腹立たしさが勝っているから厄介だ。 あそこまで言ったのは自分だから、こちらがアクションを起こすわけにはいかない。抱きつぶしてしまったほうがよかっただろうか、2日間では足りなかったのか・・・。 ホテルの鏡に映りこんだ表情が甦り、息が詰まる。ガラス張りの店内で勃起させている男は間抜けすぎるし、犯罪に近い。これ以上和泉のことを思い出したくないので席を立った。 「・・・どういうことだ。」 駅前通りに見知った姿を認めて思わず声がでた。 大通り方面に向かって歩く群衆の中に、たった今頭の中から締め出した男がいる。 おまけに一人ではない様子に、腹の底が冷たくなった。何かにつまずいたらしい女が和泉の腕をつかんで身体を支え、何やら話をしている。女に何事か言う顔は呆れつつも笑顔を浮かべていた。 ガラスと4車線の道路の隔たりがあるというのに、感じ取れる二人の自然な雰囲気。 あれが嫁の莉緒か・・・。 強情を張っていると思っていたのは自分だけで、向こうはそんな気がないということなのか? よもやこちら側のフィールドに嫁を伴って訪れているとはな、それも一言の連絡もなしにだ。 さあ・・・どうしたものか。 コーヒーが半分ほど残ったマグを手にとり出入り口に向かう。店員が「おさげします。」と言うので手渡した。 「すいません、急用ができてしまって。せっかくのコーヒータイムが台無しです。」 「そうでしたか、またのご来店お待ちしております。」 このホテルは度々利用しているから、必ず「またのご来店」をすることになるだろう。 急ぎ足で外に出ると、信号待ちをしている二人の後ろ姿が見えた。1ブロックの距離を持って尾行を開始する。 いっそうのこと嫁を寝取ってしまおうかと考えたが、そこまでしてしまえば和泉を失いかねない。そんなリスクを背負うほど、あの女には興味がないのだから無理をする必要はないだろう。 目的は泊まるホテルだ。今晩どこで寝るのか、それさえ掴めればいい。 信号が変わって一斉に人が動き出す。 群衆にまぎれて後を追う自分は歪んだ笑みを浮かべているはずだ。前方に視線を向けながら、同じ歩調で歩く。 近すぎず、離れすぎず。 和泉・・・かくれんぼは終わりだよ。 俺から逃げられるわけがないのだから。

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