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逢瀬 札幌編 2
1Fレストランでワインを飲みながらホテル入口の階段を何度も確認しているが、まだ姿はみえない。
フロントは外の階段を上がり切った2階出入り口の先にある。エレベーターはフロントの奥。宿泊者は必ずこの階段を登らなければフロントにも客室にも行けない造りが幸いした。
そしてこのレストランは俺の行きつけのひとつでもある。
数あるホテルの中からここを選ぶとはな。つくづく俺達の縁は繋がっているということじゃないか。そう思うだろう?和泉。
今日何回、心の中で「和泉」と呼びかけただろうか。それを考えたら何だか可笑しくなった。
ワインをサービスしにきたスタッフに「何かいいことでも?」と聞かれる。
「ええ、これから人と逢うことになっていて、楽しみです。」
「そうでしたか。」
笑顔とともに軽い会釈。ここのスタッフは客との距離感をわきまえている。適度に話かけるが、深入りはしない。誰かとテーブルを共にしている時は彼らから話かけてくることはないし、落ち着いた雰囲気は安心感がある。
バルサミコソースが抜群の子羊のソテーをつまみにしながら、ゆっくりとワインを楽しんだ。
時計は20:00をわずかにすぎた時刻を示している。
そろそろ帰ってくる頃だろう。ここに来て約1時間。
俺の存在を抱えた和泉が嫁と二人だけで向かい合える時間はそう長くはないはずだ。
気詰まりにならない程度につくろう姿が目に浮かぶ。関西の言葉がまったく聞こえてこない環境に身を置くのはどんな気分だろう。
何気ない単語のひとつから浮かび上がる沢山のもの。それが俺の存在を示すものであれば狙い通りというものだ。
ポケットの中にはルームキーが入っている。とった部屋はスーペリアのダブル。浴室はガラス張りだからどこにも隠れる場所はない。ベッドのある壁面の反対側にはデスクがありテレビが乗っている。そして当然のことながら鏡がかけられている。ここの鏡は少し小ぶりではあるが額縁のようなデコレーションが施されたクラシックなタイプだ。そこに映り込む顔を早く見たい。ダウンライトだけの間接照明の中に浮かび上がる姿態を記憶させてから嫁に返してやる。
鏡を見るたびに俺を思い出すがいい。
「おかえり。」
小さな声で呟く。視線の先には二人の姿。
10分後に電話をすることにしよう。
出ないかもしれない・・・いや、しつこく鳴らせば和泉が無視しても嫁が何か言うに違いない。
『電話が鳴っている。出ないのか?出られないような人?それは誰?』
どんどん追及が積み重なるだけだから、電話にはでる。そういう意味では俺の役に立ってくれそうだな、嫁という存在が。
スタッフに食後のコーヒーをたのんでスマホを取り出す。手始めに軽いジャブだ、メールをしてやるか。平気な顔ができるかな?
慌てる和泉を想像すると熱が燻りだした。
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