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第3話
――不安はあるが、とりあえず勇者はできた。
シエルラは気を取り直し、胸元に両手を当てて小声で呪文を唱える。
胸元から白い光があふれだし、吹き荒れる風がミルク色の髪をさらさらと揺らした。
しばらくするとキャロットの胸元についたりぼんと同色の、真っ赤で大きなリボンが現われた。
リボンの中心にはハート型にきらめく大粒の宝石。
ふぅ、と大きく息を吐き出したシエルラはそのままリボンを水晶の前へ差し出した。
キャロットを送り出したときと同じように、リボンは水晶の中へ消えていく。
「ぼくねえ、ニンジンってあんまり好きじゃないの。不思議な味がするでしょう?あれがちょっぴり苦手で…」
シエルラが魔力を込めたリボンを作っている間に、ベルは一方的でマイペースな話を続けていた。
「でも下のお口からなら何でも食べられるの。好き嫌いしないいい子でしょ?うふふー…いたっ!」
話が程よく下ネタに流れたところで頭上からリボンが落ちてきた。
地面に落ちたそれを拾い上げて不思議そうに空を見上げる。
「これなあに?」
「僕の魔力を込めたリボンだ。それを身に着ければ勇者に変身できるし、魔法も多少なら使えるはずだ」
「ふぅん…」
ベルは頭に、胸に、腰に、あちこちリボンをあてて定位置を探しながら聞いている。
「変身と言えば勇者の姿に変わる」
「えー、なんかかっこ悪いね」
「うるさいな!!」
ベルがリボンをあてるたびに首を傾げたり横に振ったりしていたキャロットは胸にあてたときに無言で頷いた。
「まあいっかー、じゃあ魔王やっつけに行ってきちゃうね」
リボンを胸に留め、エッヘンとポーズをとる。
「魔王はここからそう遠くない場所に陣地を作っているみたいだ。場所はキャロットが案内する」
「おいらに任せてくださいやっ!」
キャロットが小さな手で胸を叩き、そのままぴょこぴょこと軽い足取りで歩きだした。
「徒歩かぁ、魔法でぴゅーんと飛んでいけないものなの?」
ベルがどちらにともなく話しかける。
「できないことはないけれど、それをやると魔王たちに魔力で感知される恐れがある。
この街に飛んでこられたら面倒だろう?やるにしても少し離れてからの方が賢明だ」
「なるほどぉ、頭いいんだねシエルラ」
へらっと笑ってベルがキャロットの後をついて歩く。その姿は変わったうさぎを追いかける無邪気な少年だ。
しばらくして街の外へたどり着いた。
海とは反対側、大陸の内部へ向かう大きな森。
この先は入れば入るほど鬱蒼とした暗い樹海になる、そして魔物も出現し始める。
普通の人間なら大きく迂回して開けた道を通っていくのだが、手短に魔王を倒さねばならない手前、突っ切るのが早そうだ。
「モンスターってあんまり見たことがないんだ、ちょっと興味はあるんだけどね。うふふ」
意味深に笑う一人と呆れ顔の一匹はガサガサと獣道に入り込む。
「もう少し離れたら魔法で移動しよう。日が沈むギリギリまで街から離れてくれ」
シエルラの声に「はぁい」とのんびりした調子で返事をし、ベルは探検気分で進んでいく。
途中に咲くきれいな花やおいしそうな果物に目を輝かせ、歌を歌いながら。
その時、物陰からゴソリと音がした。
自分と同じかそれ以上の重さを感じる音と気配に振り向くと、2メートルほどのオークが棍棒を片手に立っていた。
「こんなところに可愛い人間ちゃんとウサギちゃんがいるじゃないかぁ」
怯える一人と一匹へ、二足歩行の豚に似たそれはジュルリとよだれを垂らし近寄ってくる。
「ベル!変身して倒すんだ!」
シエルラの声に我に返ったベルは即座に叫んだ。
「へーーんしーーーん!!!」
するとまばゆい光がベルを包み込み、一瞬にしてピンク色のフリフリとした短いウエストマントと、お気持ち程度の甲冑の可愛らしい勇者の姿に変わる。
まぶしさに目がくらみながらもオークは驚いた様子で
「ぐう!このガキ魔術師か!」
と、低い声で唸った。
「魔術師じゃないよー、勇者だよー!だって見てこの勇者の証とも言える鎧に、この…」
ベルは右手に握られた聖剣であろう感触の物に目をやる。
…右手の先にはそれはそれは立派な釘打ち機が握りしめられていた。
「なにこれ!!」
「釘打ち機」
「何で釘打ち機!!」
「え、僕が見た中で一番強そうだったから…」
「シエルラってバカなの?!」
初戦を釘打ち機で切り抜けることになったベルは、そもそも釘打ち機の使い方から悩んでいた。
片や塔の中のシエルラも、工具カタログを見ながら「一番強そうなのに…」と一人首をかしげていた。
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