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第1話

 勇者は、魔王の玉座の間の扉の前に立っていた。勇者が一度深呼吸をして、そして扉を押すと、扉は重苦しい音を立ててゆっくりと開いた。 「ようこそ、勇者よ! ここまで来た勇者はお(ぬし)が二人目よ。最初の勇者は無残にも散っていったがな」  魔王城の薄暗い玉座の間の中を、低く地を這うように恐ろしい声が反響する。ろうそくは少しずつ玉座の間を照らしていく。最後に照らし出されたのは、玉座に君臨する魔王だった。  勇者は魔王の顔を見てつかの間、言葉を失った。なぜなら勇者は――  勇者は玉座へ向かって、ふらふらと歩み寄った。花に吸い寄せられる蜂のように。殺気も覇気も感じない勇者を不審に思い魔王が眉をひそめたその時、勇者は魔王にこう言った。 「――魔王! 俺と結婚してくれ!」  魔王が呆気にとられたのをよそに、勇者は魔王に詰め寄り、手を握った。 「いやもう一目惚れ! こんな気持ち初めて! 訳分からないくらい好み! 一目で、こう、稲妻に打たれた感じがしたね」  ――そう、勇者は、魔王に一目惚れしていたのだ。  魔王は、その恐ろしい声から考えもつかないほど、勇者と同じ男ではあったが、儚げで繊細な見た目をしていた。  雪ほどにも白い肌、夜空に浮かぶ三日月のように淡い金色の髪、天河石の色を写し取った碧色の瞳。勇者はこれほどまでに美しいものを見たことがなかった。 「……は、たわけたことを申すでない。一目惚れ? そんなはずがなかろう。()は魔王、そしてお主は勇者。お主は余を滅ぼすためにここまで来たのであろう? そして余はお主とその仲間を……ときに勇者、仲間はどうしたのだ」  魔王の問いに、勇者はとんでもない返答を返した。 「ん? 仲間はいないよ? 特に必要ないかなって思ったからさ、俺一人でここまで来た」  魔王は頭痛がしたのか頭を押さえた。それも無理はない、勇者の言い分は、あまりにも「勇者像」とかけ離れていた。 「い、色々と言いたいことはあるが……そもそもお主は、何の為に勇者などしているのだ? 余を滅ぼそうという気概がまるで見えぬが」 「滅ぼそうなんて思ってないからね。何なら俺が通ってきた街全部調査してみてよ。俺は誰一人として殺してないから」  魔王は、今度は目眩を感じたのか、椅子に崩れ落ちた。そうして目元を片手で覆い、深いため息を吐いた。 「ならばどうして勇者などしているのだ……全くもってお主の考えが読めぬ。何の為にここへ来た? 物見遊山のつもりか?」  椅子に崩れ落ち、目元を覆ってため息を吐く魔王にそこはかとない色気を感じて、食い入るように見ていた勇者は、その問いにはっと気付き、答えた。 「勇者してるのは、単純に預言者に選ばれたから。まあ仕方なくだね。それでここへ来た理由は、一つ」  不意に真剣な表情になった勇者を見、魔王は表情を引き締めた。勇者は痛いほどに真剣な眼差しで、こう告げた。 「魔王、あんたに――結婚を申し込む為だ」  堪え難いほどに頭が痛んできたのか、魔王は頭をきつく押さえた。冗談かと思い勇者を見たが、勇者は真剣な表情を崩さないまま。 「たわけが。真実を申さぬか」  魔王のきつい一蹴にも勇者はめげず、重ねた。 「真実――そう、俺はあんたに出会う為にここまで生きてきたんだ! 今は真剣にそう考えてる! だから結婚しよう! さあ結婚! けっこ――」  こんなに美しい人を目の前にして黙っていられるはずがない。勇者は武器を捨てて魔王に詰め寄った。しかし魔王は、一度表情を引きつらせ、それから――気付いた時には勇者は、床に転がっていた。 「この、愚か者!」  魔王の刺さるような声を最後に、勇者は視界が暗くなっていくのを感じた。

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