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第2話

 勇者が次に目を覚ました時、まず見覚えのない天井が見えた。次に横を向いて目にしたのは、執事服を纏った一人の男だった。 「ああ、目を覚まされましたか」  勇者は考えのまとまらない頭でぼうと男を眺めると、やがて首を捻った。 「あんたは……誰だ?」 「申し遅れました。私、ランドルフ様の配下であるアルバートと申します」  一礼をしたアルバートを見て、勇者は再度首を捻った。 「ランドルフ……様?」 「失礼いたしました。魔王様、と申し上げればご理解頂けますでしょうか」  ああ、と勇者は頷いた。その後ふと、自分は魔王に吹き飛ばされたのではなかったか、と思い出し、慌てて飛び起きた。 「……っ、待てよ、どうして俺がここに寝てるんだよ? それから魔王はどこだ?」  それを問うと、アルバートはその問いを待っていたかのように頷いた。 「ええ、そのことですが、ランドルフ様が私にお命じになったのです。この勇者を客間のベッドに運べ、と。ランドルフ様は領主会議にて貴方様の発言の真偽を確かめてから、貴方様の処分をどうするか決める、と仰っていました」 「発言の真偽……俺なんか確かめなきゃいけないようなこと言ったっけ?」 「はあ。ランドルフ様の仰る通り、どうしようもないほど適当な方ですね、貴方様は」  アルバートがため息を吐いたその時、不意に扉が開く音がした。 「やっと目を覚ましたか、愚か者」 「おかえりなさいませ、ランドルフ様。して、領主会議は如何なさいましたか」  扉の向こうから現れた魔王にアルバートは軽く一礼をしてから問うた。すると魔王は不機嫌そうに鼻を鳴らし、どっかとベッドの上に腰掛けると言った。 「認めたくはないが……此奴の言う通りであった。それだけではなく……お主、世に『世直し勇者』として名が知れているそうだな」  勇者は思い出すように宙を見上げると、ああそういえば、と指を弾いた。 「人界(じんかい)の王――聖王(せいおう)からは、魔族はどんどん殺せって言われてたんだけどさ、無駄に殺すの嫌だったし寝床と飯に困っちゃって? そんでそのために魔獣退治だの暴徒の鎮圧だのを引き受けてたらいつのまにか、ね」  魔王はその苛立ちを表すように、深くため息を吐いた。 「誠にお主の目的が見えぬ。我らを滅ぼす気がないのなら、どうして勇者など引き受けたのだ」 「あれ知らない? 預言者の預言で選ばれた勇者ってさ、強制なんだよ。勇者引き受けるかその場で死ぬかの二択。まあ、ほとんどは喜んで引き受けるんだけど。おっそろしいからね、聖王サマは。それでもほぼ全ての民衆に慕われてるんだから、洗脳する天才だよ」  言いながら勇者は、勇者になる前のことを思い出していた。思い出したくもない暗黒の記憶に顔をしかめていると、魔王は依然呆気にとられた様子で尋ねた。 「良いのか? 敵の王の目の前で自らの王を貶すなど」 「いーのいーの。俺が勇者になって魔界に来た一番の理由が、あのくそったれな世界から逃げ出すためだからね。俺にとっちゃ、魔界に来ることそのものが目的だったんだ」  勇者が言い終えると、客間は水を打ったような静けさに包まれた。アルバートですらも、表情を固めて黙り込んでいた。  元々は、魔王城まで来るつもりがなかった。というよりは、どこかで殺されて終わりだろうと思っていた。それでも、あの腐りきった世界で死ぬことだけは避けたかったから、魔界で死ぬのならどこだって構わない、と思っていた。  だが死ぬことがなく、どうしてか魔王城の魔王の元まで辿り着いてしまったので、魔王城の玉座の間を死に場所に決めていた――はずだったのだが。そこで出会った魔王に一目惚れをしてしまった。だから勇者の目的は、魔王に殺されることではなく魔王の側にいることにすり替わってしまった。なので勇者は、魔王にこう頼み込んだ。 「頼む! 結婚が無理ならせめて、ここで俺を雇ってくれないか。大抵のことならできる。だからお願いだ」 「……何故そのようなことを申すのだ。お主に何の得がある?」  しばし黙りこくったのち、魔王は勇者を威圧するように問うた。勇者は下げていた頭を上げ、ゆっくりと告げた。 「――そんなの決まってる。俺は魔王が好きだ。だから少しでも魔王の側にいたい。それだけだ」

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