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第4話
「勇者様、如何なさいましたか」
勇者が魔王を探すため忙しなく城内を走っていると、目の前にアルバートが現れた。アルバートなら魔王がどこにいるか把握しているに違いない、これ幸いと勇者はアルバートに尋ねた。
「アルバート! ランディがどこにいるか分かる?」
するとアルバートは少し訝しげに「ランドルフ様なら、自室にいらっしゃいますが……」と答えた。見ると、アルバートは朝食らしきものを乗せたワゴンを押していた。それでようやく、朝方なのだからまだ寝ているだろうことに気が付いた。
「あっ、そっか! いやー、ランディのことで頭がいっぱいになっちゃって、今が朝だって忘れてたよ。聞いてよアルバート、俺今日さ、ランディの夢を見たんだ。それでこう、好きって気持ちがかーっとなっちゃって、今すぐ伝えるしかない! って気付いたら寝室飛び出しててさ」
「左様でございますか」
アルバートは寂しげな色を見せて微笑んだ。しかしそれに勇者が気付く前に、アルバートはこう尋ねた。
「貴方様はランドルフ様の自室にいらっしゃるのですよね? ならば私と共に参りませんか」
「行く行く!」
勇者は喜んでアルバートと共に歩き始めた。そんな勇者にアルバートは、不意に尋ねた。
「……貴方様は、ランドルフ様を慕っておられるのでございましょう。どのようなところがお好きなので?」
「全部、かな。まずランディはこの世の何よりも美しい。あと、気難しくて理想主義者で心優しいところも好き。何よりランディは、この美しい世界を作ってくれた」
「そのお気持ちは、何百、何千年先でも変わることがない、とお誓いを立てることができるほどでございますか?」
アルバートは立ち止まった。その瞳は、勇者を見定めるように強い光を灯していた。だから勇者は、同じように真剣にアルバートを見つめ返して、頷いた。
「当たり前だよ。俺が好きになるのは後にも先にもランディ一人だ」
視線が交錯する。勇者が目を逸らさずにいると、やがてアルバートはふっと表情を緩めて歩き始めた。そしてぽつぽつと、昔話を語り出した。
「……ランドルフ様がこの世にお生まれになるまでは、聖王殿が民を虐げる、それはそれは荒れ果てた世界だったのでございます。絶望で満たされた世界に少しでも希望を生むため、ランドルフ様はとある古の秘法により永遠の生命を手に入れ、自らを聖王と相反する魔王であると名乗り、少しずつ今の魔界をお作りになったのでございます」
「そんな歴史、人界にいた頃には全く聞かなかったよ。……それでどうして、俺にいきなりその話を?」
魔王の自室の扉の前で立ち止まると、微笑みを湛えて、アルバートは答えた。その微笑みは、どこか儚げに見えた。
「ランドルフ様はこの途方もない年月を『理想』のためだけにお送りになっていたので、ランドルフ様が他人にここまで関心をお傾けになるのは、貴方様が初めてなのでございます。……私はランドルフ様と同様に永遠の生命を得、何百、何千年と共にして参りましたが、一番信頼を置ける配下以上の存在にはなり得ませんでした。ですから、貴方様には私の代わりとしても、一生をかけてランドルフ様を愛し抜いていただきたいのでございます」
そしてアルバートは扉をノックし、「失礼いたします。ランドルフ様、ご朝食でございます」と声をかけてドアノブを捻った。アルバートの言葉の意味を考えるよりも先に、勇者はそれに続いた。
着替えている途中だった魔王は礼を述べかけたところでふと勇者に気付き、む、と眉をひそめた。
「お主も参ったのか。朝早くからご苦労」
皮肉を交えて話す魔王は意に介さず、勇者はいつも通りに魔王の前に跪き、魔王に一輪の赤い薔薇を手渡した。
「……俺はランディのことが、何百、何千年経っても変わらず好きだって誓える。それくらい、あんたのことが好きなんだ。俺と、結婚してくれ」
「――何百、何千年経っても、か。その言葉、忘れるでないぞ」
えぅ、と勇者は素っ頓狂な声を上げた。愚か者、と一蹴されて終わりだと思っていたのだ。それではまさか――勇者が期待を膨らませていると、魔王は勇者の手から奪うように薔薇を受け取り、そして手から一輪の小さな花を生み出した。それは、青紫色の小さな花がいくつも密集しているスターチスという花だった。
そして魔王はそれを「受け取れ」と勇者に投げ渡した。勇者があたふたとしながらそれを何とか受け取ると、その花はにわかに淡い光を放った。
「えっ、光った! 何で!」
勇者は慌てふためいた。そして見ると、魔王が持っている薔薇も淡く発光していた。勇者のそんな様子を見て、魔王は呆れ果てたようにため息を吐いた。
「知らぬとは愚か者めが。……魔界において花を贈るというのは、求婚を表すのだ。そして贈られた者が花を贈り返せば、婚姻が成立したことになり、そしてそれは、互いが亡くなるまで決して枯れぬと言われている。そして、余のように古の秘法を用いて永遠の命を手に入れた者と婚姻関係を結べば、相手も永遠の命を手に入れると言われているのだ」
「……は? つまり?」
勇者は阿呆みたいに口をぽかんと開けた。あまりに予想外で、魔王がすらすらと述べる言葉の意味が理解できなかったのだ。すると魔王は心底うんざりしたように、再びため息を吐いた。
「はっきり言わねば分からぬか、愚か者。余がお主の求婚を受け入れてやった、と言ったのだ。そして余と婚姻を結んだことによって、お主も永遠の命を手に入れた、と」
そう言われても、しばらく勇者は理解ができなかった。なぜならその言葉は、あまりにも勇者に都合が良すぎたから。勇者はしばらく固まってから、恐々と問うた。
「……本当に? 本当に俺と、結婚を――?」
「そう言っておろう。何度余に言わせれば気が済むのだ」
「そんな……そんなことが、本当に……それなら、俺に愛してる、って言ってくれないかな。本当に受け入れてもらえると思ってなかったから、そうでも言われないと信じられなくて――」
魔王は再度ため息を吐くと、勇者から顔を逸らした。勇者は気が付かなかったが、ずっと魔王は照れていたのだ。今までぶっきらぼうな返答しか返さなかったのも、勇者を邪険に扱っていたのも、偏に照れていたからだった。
「あ……愛……ええと」魔王は気恥ずかしそうに視線を彷徨わせると、乱暴に吐き捨てた。「愛してる」
愛してる――それは、生まれた時から蔑まれ、罵られてきた勇者にとってはあまりにも重く、暖かいものだった。訳が分からなくなるくらいたくさんの幸せで胸が溢れ、勇者は目頭が熱くなるのを自覚するよりも先に、ぼろ、と涙をこぼしていた。
突如泣き出した勇者を見て、魔王はぎょっとしたように目を見張った。
「何事だ、突然泣き出すなど」
「ご、ごめっ……愛してる、なんて生まれて初めて……っ。なんか、嬉しくて、生きてて良かったなって……」
魔王はそれを聞いて、ふ、と顔を綻ばせた。慈しむような暖かい微笑みだった。
「愚か者、こんな言葉如きで泣くほど喜んでどうするのだ」魔王はそして、柔らかく勇者を抱きしめた。「今後はもっと幸せにしてやる。覚悟するが良い、ジャック」
勇者はしゃくり上げながら「ありがとう」と何度も礼を言った。魔王は勇者に「礼などいらぬ」と慈しむように微笑んだ。アルバートはそんな二人を見て、痛みを抱えた優しい微笑みを湛えていた。
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