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第38話 待ち合わせ
次の日は、学園の創立記念日だった。
目覚めた瞬間も、幸せは続いてた。
綾人の夢を見たような気がする。綾人と、小さな命と、三人で笑い合う夢。
それはいつか現実になるんだと、信じて疑わなかった。
目は覚めたけど、その幸せに浸っていたくて、ゴロゴロとベッドの中をたゆたう。
――ピコン。
メールの着信音が鳴った。
枕元の携帯を見ると、綾人の文字。
俺は幸せな気持ちのまま、メールを開いた。
『今、電話して良いか?』
『良いぞ』
間髪入れず、携帯が着信した。
「もしもし」
『おはよう、四季』
「うん。おはよう」
『順番が逆になって、すまない。デート、しないか』
「え?」
『だから、デート……』
いつもは自信満々の綾人が、何だか気恥ずかしそうに呟いて、俺は可笑しくなってしまった。
「え? 何?」
『お前も、ドSじゃないか』
「ふふ。綾人の真似だ」
『何処か、行きたい所とかあるか?』
急に訊かれて、俺はしばし考え込んだ。
「ん~……渋谷のスクランブル交差点!」
『そうか。四季は、北海道から転校してきたんだったな』
「あ! 田舎者とか思っただろ!」
『いや。俺も出身は宮崎だ』
「えっ、そうなのか? 全然訛ってないな」
『十八で帝央大学に入って、十年だからな。初めはよく、『なおす』で笑われた』
「なおす? それ、方言なのか?」
『西日本では、片付ける事をなおすと言うんだ。なおしておいてと言うと、必ず「何処が壊れてるんだ?」って言われて困った。あと、『ほる』もだな』
「ほる?」
『ああ、捨てるという意味だ』
「あ! 北海道もあるぞ! 捨てる事を『投げる』って言う」
『そうか。放り投げてしまいそうだな』
「はは。そうだな」
『他に、行きたい所はあるか? スクランブル交差点だけでは、五分でデートが終わってしまう』
「ハチ公!」
『ふむ。他には?』
「原宿でクレープ食いてぇ」
『原宿……原宿か』
綾人が、ちょっと困った声を出す。
「何で? 原宿、マズいか?」
『マズい事はないが……今や原宿は、女子高生以下と外国人観光客の街だからな。相応の格好をしていくか。他には? 一日あるのだから、観光地とかないか?』
「あ!」
『ん?』
「映画デートしたい」
『なるほど。良いな。何が観たい?』
「『ボクとアタシの秘密の蜜月』」
咄嗟に出た言葉を、綾人は驚きを持って受け止めた。
きっと目は、眇められているに違いない。
『まだ、映画館CMしかやってない映画だぞ。何処で聞いた?』
俺はアッと息を飲んだ。
しまった。シィ、来年の映画だって言ってたっけ。
「や、何か、面白そうなタイトルだと思って」
俺はぶっきらぼうに誤魔化す。でも、元々嘘が吐けない俺は、綾人にはバレバレらしかった。
『関係者に、知り合いが居るのか? あれは初の、百パーセント小鳥遊出資の作品なんだ』
「へぇ。小鳥遊って、何でもやるんだな」
『ああ。他に観たいものは?』
「ん~……」
友達と行くならアクションとかが良いけど、恋人と行くなら、やっぱり恋愛ものかなと思った。
「何か、恋愛もの」
『それなら、ちょっと前に話題になってた、漫画の実写版がまだやっている。四季くらいの歳なら、好きなんじゃないか』
「あ、ひょっとして、『狼少年と暁の姫君』?」
『そうだ。やはり、知っているか』
「漫画も元々読んでたけど、あれに友達が出てるって調べて、観たいと思ってたんだ」
映画館や劇場、コンサートなんかは、Ωお断りの所も少なくない。発情期に当てられて、集団レイプになった前例が、幾つかあるからだ。
でも。今は、綾人が俺の運命の番い。
運命の相手と番ったΩは、もう不特定多数にフェロモンをばらまいたりしない。
運命の相手とだけ、発情して子供を作る。
だから綾人も、「良いな」って賛成してくれたんだ。
『では、十時半に迎えに行く』
「あ、待て。待ち合わせしてぇ」
『ん? 何でだ?』
「俺、友達と待ち合わせとかした事ねぇから。綾人と、待ち合わせしてぇ」
『そうか。では、ハチ公前に十一時でどうだ?』
「了解!」
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