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第39話 ショッピング
それから俺は、軽くシャワーを浴びて、着替えた。
友達と遊んだ事なんて、小学校以来なかったから、服選びにちょっと手間取る。
綾人とは十歳差だったから、大人びて見えるようにしなきゃな。
職質とかされたら面倒だ。
黒いスラックスに、白いTシャツに、最近買った気に入りの、ポケットが沢山ついたロングパーカーを羽織る。色は濃紺だから、子供っぽくならない。
仕度が出来てしまったから、ソワソワして俺は早々に家を出る。
京急線から山手線に乗り換えて、初めての待ち合わせをする。しかも、憧れのハチ公前で!
四十五分も早く、渋谷に着いた。
でも、ハチ公口に辿り着くまでに、五分かかった。更に、肝心のハチ公像を見付けるまでに十分かかった。
人は沢山居るけど、ハチ公像は思ってたよりずっと小さく目立たなくて、気が付くのに時間がかかった。
ようやっと人混みをぬい、ハチ公像の真ん前に陣取って、携帯で時間を確認する。
まだ、十時半だ。綾人が来るまで、しばらくあるな。
「すみません」
不意に、若い女に声をかけられた。
「はい」
「貴方の幸せを、一分間祈らせてください」
「は?」
俺の反応なんかお構いなしに、女は俺の頭の上に手をかざして、ブツブツと祈り文句を呟き始めた。
ど……どうしよう。周りの奴らが、胡散臭そうな顔でチラ見してる。
慌てて移動しようとした時、若い男の手が、女のかざした手を払った。
「あ~、悪いけど、俺たち今、めっちゃ幸せだから、他当たって?」
その切って捨てるような言動に、女は無表情で「失礼します」と呟いて、他の獲物を物色しに行ったようだった。
「ありがとうございます」
俺はホッとして、男に礼を言った。
男は、大きく穴の開いたダメージジーンズに、黒のタンクトップに、黒革のライダースジャケットを羽織ってた。足元は、黒革のミドルブーツ。頭には、黒のニット帽。サングラス。ギターケースを背負ってる。
ぱっと見は恐そうだけど、良い人なんだ。
俺は軽く頭を下げて、ハチ公像の真ん前から移動しようとした。真ん前に居たから、田舎者だと思われたのかもしれない。
「何処行くんだ」
「えっ」
男が俺の手首を掴む。
え、やっぱこいつも悪い奴?
「は……離せよ」
男がククと笑った。俺は振り払おうと、腕に力を込める。
「四季、俺だ」
「えっ」
サングラスが外されると、俺の好きなワイルドな綾人が、五十倍くらいワイルドになって現れた。
髭はわざと剃らなかったらしく、ポツポツと顎に無精髭が残る。
「綾人!」
「変装ってのはこうやるんだ、四季。お前は詰めが甘い。幾ら大人っぽくしても、靴がローファーじゃ、学生だってバレバレだ」
「あっ」
そう言えば、靴なんか気にしてなかった。
「ハチ公はもう良いか?」
「うん。何か、ゴミゴミしてて、思ったのと違った」
「では、スクランブル交差点を渡って、まず靴を買いに行こう」
握った手首をそのままに、引っ張られて歩き出す。
「ま、待てよ」
「どうした?」
「手、離せ」
「恥ずかしいのか? 今どき、同性のカップルなど珍しくない。気にするな」
離された掌を、俺はきゅっと握った。
「こっちの方が良い」
綾人は片目を眇めた後、悪戯っ子のように目を輝かせた。
繋いだ手がいったん離されて、指を絡め合って握られる。
「こっちの方が、もっと良いだろう?」
「ドS」
「ツンデレ」
言った後、俺たちはプッと吹き出して、笑い合いながらスクランブル交差点を渡っていった。
いつもお天気カメラで見ていた景色が、身近にある事に、俺はちょっと興奮していた。
「何百人くらい、ここに居るんだろうな」
「千人くらいじゃないか?」
「へぇえ」
俺が感心した声を出すと、綾人が笑った。今日の綾人、よく笑う。
「スクランブル交差点は、満喫したか?」
「う、うん」
そのワイルドな笑った横顔に見とれていたら、不意に繋いだ掌が上げられて、手の甲にチュッとキスされた。
「あ、綾人!」
それを責めて声を上げると、やっぱり悪戯っぽく笑われた。
「この格好がそんなに好きなら、結婚したら毎日、着てやる」
俺が頬を染めて黙ってしまうと、綾人はさっさと絡めた指を引いて歩き出した。
十八から東京に住んでいるだけあって、迷いもせずにすいすいと人並みをぬって歩く。
ファッションビルの中の靴屋まで一直線に行くと、すぐに俺に合うショートブーツを選んでくれた。
ヴィンテージみたいな茶色の革が、わざとツギハギになってる、洒落たブーツ。俺も気に入った。
店員にこのまま履いていくと言って値札を切って貰ってる間に、いつの間にか会計を済ませ、履いてきたローファーはギターケースにしまわれていた。
凄い。エスコート、完璧。
「靴、ありがとう」
俺はまた指を絡めて歩き出す綾人に、慌てて礼を言った。
「恋人に礼を言われるのは、嬉しいもんだな」
「え、礼くらいするだろ」
「しない奴の方が多かった」
「あ……」
綾人、エリートだもんな。金目当ての女に、ちやほやされてきたんだろう。
そう思って俯くと、即座に綾人が謝った。
「ああ、すまない。デート中に、他の女の事を考えるなんて。許してくれ、四季」
格好はワイルドだけど、中身は真面目で誠実な綾人だ。
俺は少しホッとして、小さく笑って上目遣いで睨んでやった。
「クレープ、トッピングして良いなら、許してやる」
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