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第3話 シィ

「四季って、何処出身なんだ?」 「あ……北海道」 「えっ、道産子!? ウチのクラス、半分ぐらいが地方出身者だけど、北海道は初めてだな~」 「ナベくんは?」 「ナベで良いよ。俺も四季って呼んでんだから」 「うん」  ナベは良い奴だったけど、こんな調子で休み時間はずっと話しかけてくるもんだから、好奇心で集まってきてた奴らにも、あっという間に俺の素性は知れてしまった。  クラスに慣れるには良いきっかけだけど、詮索されちゃ敵わない。  俺は昼休み、購買で焼きそばパンとカツサンドを買って、人の居ない場所を探して屋上を目指した。     *    *    *  屋上は、思った通りガランとして人影はなかった。ホッとする。  だけど細く会話が聞こえてきて、先客が居たようで俺は軽く舌打ちした。  何年だろうか。声をかけられる可能性を考えて、耳を澄ます。  だけど聞こえてきたのは、『会話』じゃなくて、一方的な『独白』だった。 『ツキには手を出さないで。約束だよ、お父さん』  お父さん? 『俺が全部を引き受けるから……手を、上げるのも、出すのも、俺だけにして。お父さん』  おいおい……大丈夫か?  そっと足音を忍ばせて左手奥の方を覗くと、小柄なブレザー姿が、片手に分厚い本、片手にサンドイッチを持って、金網にもたれて座ってた。  何だ……本を朗読してるのか。紛らわしい。 「誰!」  反対側の右手に行こうとした俺を、だけどそいつは引き留めた。咎めるような、厳しい口調だった。 「悪りぃ。ひと気のない所で昼飯食おうと思ったら、聞こえちまった。反対側の隅っこで食うから、気にしないでくれ」 「聞いた!?」 「朗読だろ」  すると小柄な影は、手に持っていたものを床に下ろして、駆け寄ってきた。  百七十センチの俺の、頭半分低い。百六十前半って所か。  透けるように色の白い、『紅顔の』っていうのはこれかって思うような、ボブスタイルの美少年だった。  ネクタイは、グレーとホワイトのストライプ。二年だ。 「今の、来年の話題作の台詞なんだ。忘れて!」 「えっ?」  突然の話題についていけず、俺は思わず訊き返した。  だけどすぐに、この学園には芸能科もあった事を思い出す。 「ああ、お前、芸能科の奴か?」 「うん」  そう思って見てみれば、物凄く見覚えのある顔だった。  喉元まで言葉が出かかるが、なかなか名前が出てこない。 「……海!」 「え、うん」 「お前、風見海(かざみうみ)だ!」 「そうだよ。学校では、シィって呼ばれてるけど」 「海だから、sea(シィ)?」 「そう」 「副理事長が決めたのか?」 「うん。貴方は?」 「俺は今日、転校してきたんだけどよ。普通に名前で呼ばれた」 「ぼく、風見海。貴方は?」 「ああ……ごめん。芸能人見たら、舞い上がっちまった。俺は、乾四季。四季って呼んでくれ」  シィは顎に片拳を当てて、ちょっとコケティッシュな、面白そうな顔をした。 「ふぅん。四季、アーヤに気に入られたんだね」 「それ、クラスの奴にも言われた」 「毎年、一人か二人くらいしか、本名は呼ばないんだよ。あ、でもアーヤは部外者で、小鳥遊の血は入ってないから安心して」 「ん? どういう意味だ?」 「台本の台詞を口外しないなら、教えてあげる」 「あ~、俺はそういうスパイみたいな事に興味はねぇから、安心しな」  風見海は、赤ん坊の頃からモデルやってる、天才子役あがりだ。こいつもαなんだろうな。  人を見る時、どうしてもそれを考えてしまう。 「こっち来て」  シィに手を引かれて左手の奥に導かれ、一緒に座って、パンをパクつく。 「小鳥遊財閥の男の人は、一部には男好きで有名なんだ。でも、アーヤは部外者だから、男に興味はないって事」  小鳥遊財閥は、日本全国に名を轟かせる一大企業だ。  小鳥遊の男は、男好き?  同性婚が認められて久しいけど、自分がその対象になるかと思うと、背筋が薄ら寒くなる。  三ヶ月に一度やってくる発情期は抑制剤で抑えてるけど、たまに時季外れで発情する事があるから、薬は必ず持ち歩いてる。  それでも飲むタイミングが遅れると、逃げ込んだ先の保健室の先生に襲われかけた事もあった。 「俺の何処が気に入ったんだか。シィの方が、よっぽど綺麗じゃねぇか」 「好みじゃない? アーヤは、反骨精神のある子が好きみたい」  『好き』。その言葉に、悪寒が走った。 「よせよ。男に好かれても、嬉しくねぇ」 「きっと、そういう所だよ。普通は、天下の小鳥遊関係者に気に入られたなんて、大喜びするだろうからね」  俺は黙って、カツサンドを食べきった。 「じゃ、邪魔しちまって悪かったな。昼飯はいつも屋上で食べるから、また会ったらよろしく」 「うん。四季くん、またね」  シィは嬉しそうに微笑んで、小さく俺に手を振った。

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