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第4話 発情期

 次の日は、よりによって三ヶ月に一度の発情期のくる日だった。  いつものように、αで医者をやっている親族から内緒で分けて貰った抑制剤を飲んで、発情をやり過ごす。  俺が寝坊で遅刻魔なのは、この抑制剤の副作用のせいで、両親も仕方ないと諦めてた。  身体の芯が痺れるような、未知の欲望をねじ伏せるように薬を飲んで、怠い身体を持て余し気味に学校に向かう。  また両手をポケットに突っ込んでブラブラ歩いていたら、高級車がスッと横付けされた。 「おはよう。いや、おそよう、と言うべきかね」  皮肉っぽい口調で声がかかる。 「何でも良いよ。風邪気味で怠いんだ。構わねぇでくれ」 「……四季、君はΩか?」  突然言い当てられて、俺は仰天して振り返った。 「なっ……! 俺はβだよ」 「隠しているのか? 私は、人より鼻が良いんだ。Ωの発情期の匂いがする」 「勝手にΩ扱いすんなよ! 人に聞かれたら誤解されるから、変な事言うんじゃねぇ」 「では、乗りたまえ。学校まで送る道々、内緒の話をしよう」  そうして、俺は綾人の車に乗る羽目になった。  いい年したインテリ眼鏡を、『アーヤ』なんて、アイドルみたいなニックネームで呼ぶ気にはならなかった。 「運転手の事は気にするな。小鳥遊の使用人は、守秘義務を遵守する」 「だから、俺はΩじゃねぇって……」 「オメガ法によって、番いの居ないΩは発情期にみだりに外出しないよう、定められている。何故なら、フェロモンによって引き寄せられてしまうαやβが、レイプの罪を犯す事になりかねないからだ。それに、Ωである事を偽る罪が重い事は、よく分かっているだろう。自首すれば罪は軽くなる。小鳥遊の力で、もっと罪を軽くする事も出来る」  俺は綾人の隣に座って窓の外の景色を眺めていたけど、確信を持った物言いに、こいつはホントに俺がΩだって分かるんだと思い知らされた。  どうする。転校早々、また転校か? だけど、こいつが警察に届けないって保証はない。  考えていたら、不意に冷や水を浴びせられたような言葉が降ってきた。 「Ωは、αやβの人生を狂わせる。自覚して、オメガ法に従って行動してくれたまえ。他の生徒の迷惑だ」  発情中は、女子の生理の時の十倍も、精神が不安定になるって聞いた。  俺はその言葉に、思わず叫び返していた。 「迷惑って何だよ! 近寄るのも迷惑なら、小鳥遊の力でΩ収容所でも作れば良いだろ! αのあんたらに、Ωの気持ちが分かるのかよ!」 「ああ、分からない。その代わり、社会はΩの発情期中の休暇を認めている。自重してくれれば良いんだ。……着いた。四季は風邪で休むと連絡して、家に送り返しても良いが?」 「良いよ。保健室で寝る。何が自由な校風だよ。最低だ」  泣きたくないのに、発情期の不安定のせいで、頬を熱い涙が一筋伝う。  俺は、気に入られたなんてみんなに言われて、こいつに少し期待してたんだと思う。  転校続きで、Ωを隠して、ろくに先生やクラスメイトと仲良くなった事のない俺は、初めてこいつに期待した。でも、裏切られた。  裏切られた? たんに、信じた俺のミスなんだ。  俺は後部座席のドアを開けて、校門をくぐって走り去った。綾人の顔は、見なかった。

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