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第5話 保健室
俺は学校に着いてすぐ、保健室に行った。保健の先生は居なかった。都合が良い。
一番奥のベッドに潜り込もうと思ったら、先客が居た。
あどけない寝顔を見せた、シィだった。
そうか。今、撮影中だって言ってたな。仕事で疲れてんだろう。
それにしても、無防備過ぎる。
俺はベッドを仕切るカーテンを引いてやった。
「ん……」
シィが、人より遅い変声期前の軽やかなボーイソプラノで呻いた。
しまった。起こしちまったか。
「先生……?」
「いや。俺だ。起こしちまって悪りぃな」
カーテンの隙間から顔を出すと、寝惚け眼(まなこ)で大きな瞳を瞬いた後、ふにゃりとシィは笑った。
「あ。四季くん」
「ああ」
「四季くんも寝に来たの?」
「ああ。だけど、喧嘩してきた所だから、すぐには眠れそうもねぇ」
シィが、可愛らしく小首を傾げる。
男になんか興味のない俺でさえ、誘惑されてしまいそうな仕草だった。
「喧嘩? 暴力はよくないよ」
「いや。口喧嘩だ」
「あ……それで目が赤いの? 四季くん、泣いた?」
咄嗟に俺は目を逸らした。
「な……泣いてなんか、ねぇよ」
「誰にも言わないから、警戒しなくて良いよ。ぼく、仕事が忙しくて友達が居ないから、言いふらす相手も居ないんだ。昨日、四季くんと気が合いそうだなって思って、嬉しかった。友達に……なって、くれないかな」
断られるっていう不安からか、語尾は途切れ途切れに発された。
αにも、『孤独』っていう悩みがあるんだな。
俺は人並みに不安な声を出すシィに親しみを覚えて、微笑みながら言った。
「ああ。俺も転校ばっかしてたから、ろくに友達って居た事ねぇんだ。改めてよろしく、シィ」
「嬉しい! ありがとう、四季くん」
それから俺たちは、色んな話をした。
シィは仕事は楽しいけど忙し過ぎるって愚痴、俺は綾人に送って貰ったけど気に食わねぇって愚痴。Ωだって事は、勿論伏せてる。
人並みにミーハーな俺は、シィの話す映画の撮影の事が興味深かった。
「俺、お前が子役の時のドラマ、覚えてるよ」
「え? どれかな」
「母親に捨てられて、孤児院と少年院を転々とするやつ」
「ああ……『お母さん、さよなら』だね。十四歳未満だから、児童自立支援施設って言うんだよ。あれ、視聴率良かったみたい」
「お袋が泣きながら観てたよ」
少し口篭もって、俺は打ち明けた。友達、だもんな。
「実は……俺も、少し泣いた」
「あはは。嬉しいな。役者冥利に尽きるね」
「今は、映画撮ってんのか?」
「うん。『ボクとアタシの秘密の蜜月』っていう映画。ぼく、この映画でイメチェンするんだ。可愛い役や可哀想な役が多かったけど、実の父親とのベッドシーンがあるんだ。あ、まだ内緒だけどね」
発表前の事を話してくれるシィと、本当の友達になれた気がして、俺は何だか胸の辺りが暖かかった。
綾人の前で流した涙は、すっかり乾いて明るい気分になっていた。
シィが、口に手を当てて小さく欠伸する。つられて俺も、大欠伸をした。
欠伸を終えて、俺たちはクスリと笑う。
「眠くなった?」
「ああ。寝るか」
「おやすみ、四季くん」
「ああ、おやすみ。シィ」
俺たちは挨拶を交わし、仕切りカーテンを閉めて、清潔なベッドに潜り込んだ。
放課後まで、一度も目を覚まさずに、俺は昏々(こんこん)と眠り続けた。
野球部の球を打つ音で目を覚まし、保健の先生に身体が弱いから度々来ます、と挨拶をして、その日は学校に寝に来たようなものだった。
仕事なのか、シィはもう居なくなっていて、俺はまたブラブラと気怠げに足を運んで家路に着いた。
癖でポケットに手を突っ込んだら、シィのLINEのIDが書かれたメモが入ってた。
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