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第15話 ハシユカ
発情期が終わって、学校に行った。
毎日、綾人から電話があったけど、取らないでメールで「発情期が重いから、出られない」と説明した。
綾人は理解してくれて、メールで『好き』だと伝えてくれた。
それだけでもちょっと、胸がきゅんとする。こんな気持ちは初めてだった。
一週間ぶりに教室に行くと、席替えがされていた。綾人の差し金かな。
少なくとも、ナベと机を並べなくて良いと思うとホッとする。
「四季、あたしの前だよ。窓際。窓際って、何か得した気分だよね」
名前はうろ覚えだけど、二言三言(ふたことみこと)交わした事のある小柄な女子が、話しかけてくる。
「ああ、うん。俺も窓際好き」
俺は前から三番目。
転校続きで、名前を覚えるのも苦手だったから、分からない時は訊いてしまう事にしていた。
「ごめん、名前なんだっけか?」
「橋本由佳子(はしもとゆかこ)」
「ああ、ハシユカだっけ」
「そう。覚えててくれたんだ!」
ポニーテールで清潔感のあるクラスメイトは、嬉しそうに八重歯を見せた。
* * *
三ヶ月に一度の発情期が過ぎてしまえば、Ωも普通の生活が送れる。
抑制剤の副作用で、朝は弱いけど、それを除けばαやβと変わらない。
成績は中の上といった所で、このままいって面接を頑張れば、大きな企業に勤めるのも夢じゃなかった。
――ツン、ツン。
テストに出そうな歴史の年号をノートに取っていたら、後ろから背中をつつかれた。
後ろは、ハシユカだったよな。
チラリと振り返ると、ハート型に変形折りされたメモが渡された。
あ~……面倒臭せぇ。
この変形折りを開くのも面倒だし、授業中にメモを回すたぐいの女子も面倒だった。
俺の『近寄るな』オーラのせいで、LINEやメアドを教えてくれという勇者が居ないのは楽だったけど、アナログにメモでこられたら、受け取らない訳にはいかない。
ノート取りに一区切りつけて、その細かく折られた七面倒臭いメモを開く。
中にはピンクのペンで、こう書いてあった。
『四季、好きな人居る? 四季の事が気になるっていう子が、居るんだけど。ハシユカ』
俺は小さく、溜め息をついた。
思春期のΩにとって、恋愛は憧れでもあったけど、避けて通りたい道でもあった。
発情期のサイクルで恋心は不安定になるし、何より相手が女子だったら、レイプしてしまう危険がある。
それに……と、俺は頬を火照らせる。
今は、綾人が居るし。
だけど女子ってのは、好きな奴が居るなんて言ったが最後、相手が誰だか詮索したがるし、下手をしたら『●●ちゃんをフった酷い奴』なんてレッテルが貼られてしまう。
俺はノートの隅を破いて、走り書きした。
『好きな奴は居ないけど、今は誰とも付き合うつもりはない。受験勉強に集中したいから』
敢えてそっけない言葉を選んで、後ろの机にポンと置いた。
* * *
これ以上ハシユカと仲良くならないよう、休み時間は席を外してたけど、放課後、綾人に会いに行こうかと考えてノロノロと教科書を鞄にしまっていたら、ウッカリ話しかけられた。
「四季、途中まで一緒に帰らない? さっきの子が、四季の事、もっと知りたいって言ってるんだよね」
「ああ……だから、俺は今、女子に興味ねぇんだ。それに、部活見ていくし」
「何部? 案内するよ」
「合気道部」
「えっ!?」
ちょっと注目を集めるくらい、ハシユカが大きな声を出した。
勘弁してくれよ……。
「あたしも、合気道部なの。幽霊部員だけど。でも四季が入るんなら、あたしも行くー!」
げ、と声に出してしまいそうになり、俺は咳払いして誤魔化した。
とてつもなく厄介だ。こいつと合気道部で毎日一緒なんて事になったら、絶対疲れる。
綾人の提案だけど、却下にして貰おう。空手部でも良いんじゃねぇか?
「じゃあ、案内するから着いてきて、四季!」
「悪りぃ。用事思い出した。やっぱ今日は、帰る」
「じゃ、一緒に帰ろ!」
俺は頭を抱えたくなった。
とにかく、綾人に相談したい。こいつから逃げないと。
「転校手続きの事で、副理事長に呼ばれてるんだ。遅くなるし、付き合ってるとか噂がたつの嫌だから、お前と一緒には帰らねぇ」
「待ってる!」
「だから、待つな」
後ろをちょこまかと着いてくるハシユカを振り切って、俺は副理事長室をノックして、早々に中に入っていった。
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