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第17話 合気道部
「四季!」
副理事長室を出ると、真ん前の壁にもたれて、ハシユカが待っていた。
俺は目一杯、渋い表情を作る。
「だから、待つなって言っただろ。一緒には帰らねぇ」
「でも、着いて行っちゃうもんね。あたしが一緒に帰りたいんだもん!」
俺は、ハァと大きく息をついた。
居るんだよな。人の話を聞かないタイプ。俺の最も苦手とするタイプだ。
一緒に帰ってあれこれ話しかけられるくらいなら、合気道部に見学に行った方が良いかもしれない。ハシユカは、部員だから練習に参加せざるを得ないだろうし。
「やっぱ、合気道部に見学に行く」
「じゃあ、あたしも行くー」
重い足取りの俺に、軽くステップを踏むように並んで、少し先を行く。
「案内してあげる」
「体育館だろ」
「部室は、分かんないでしょ。こっち!」
不意に手を握られて、引かれる。
綾人、伊達に歳取ってねぇな。これは、ハシユカが俺を好きなんだろう。
俺は握られた手をパンと突っぱねて、離した。
「あん」
「俺の恋愛対象は、男なんだ。女子に興味ねぇから、そのつもりでな」
初めて会った頃の綾人を真似て、冷たく言い放つ。
だけどハシユカは、全くもって人の話を聞いてなかった。
「あ、あたしもバイなんだ! 初めはビアンだったけど。四季もその内、女の子の魅力に気付くと思うよ!」
* * *
「三年生? 今から始めるの?」
合気道部の部室に行くと、百七十の俺と同じか少し大きいくらいのショートカットの女子が、ボストンバッグから白い道着を出している所だった。
こいつが部長らしい。
「三年生は、もうみんな引退してるよ」
「そういうもんか」
部活に入った事のなかった俺は、部活のシステムを知らなかった。
「演武の大会は、もう全部終わってるし」
「いや、そんな大それたもんじゃねぇ。合気道をやりたいだけなんだ」
「ふ~ん……護身用?」
「ああ。基礎だけでも身に着けたい」
「……ハシユカの彼氏?」
その言葉に、二人同時に声を高くした。
「その予定!」
「冗談じゃねぇ!」
俺の剣幕に、部長がプッと吹き出す。
「あはは。ハシユカ、変わってないね」
「あん、ミッキー。意地悪」
「ハシユカは、執念深いよ。私は彼女作って目の前でキスして見せるまで、押しかけ女房された。頑張って」
「マジかよ……」
「見学だけで良い? 貸し出し用の道着あるから、体験してく?」
「ありがてぇ。そんなら、ちょっと体験してみる」
* * *
貸して貰って男子更衣室で着替えた道着は、素人目には、空手の道着と区別がつかなかった。
白い帯を締めて体育館に行く。
どうせなら、黒帯締めてみたかったな。
「四季くん! こっちこっち!」
部長……ミッキーって言ったな。体育館のマットを敷いた片隅で、手を振ってる。
三年生が引退したからだろうか。部員はまばらだ。男子は、俺の他に二人だけ。
「体験の四季くん。三年生だけど、基礎が習いたいんだって。よろしくお願いします」
お願いします、と全員が復唱して、俺も挨拶をした。
準備運動をしてから、二人一組になる。
すかさず俺と組もうとしたハシユカを、部長が窘(たしな)めた。
「ハシユカ。四季くんは初めてだから、立ち方からだよ」
「えー、じゃああたしが……」
「貴方、基礎も怪しいでしょ。一年生と組んで」
「は~い」
渋々、ハシユカは離れていった。
助かった。ホッ。
「まずは、『半身(はんみ)』っていう、基本の立ち方から」
「はい」
独特の立ち方から、右向き、左向きと回転して位置を変えていく。
体育は5だったから、要領を飲み込めば、意外と楽だった。
立ち方が終わったら、座ってる所からの立ち方。必要最小限の動きで、半身まで持っていく。
「四季くん、運動神経良いね」
「まあな」
「基本の最後は、受け身。これを習得しないと、怪我するよ」
「ああ」
マットの床に、ゴロンゴロンと、起き上がり小法師(こぼし)のような動きをする。
普段しない動きだから、何だか楽しくなってきた。
「じゃあ、技かけるから、その動きを繋げてみて。頭で考えないで、身体で覚えて」
確かに、頭で考えようとすると、途端に身体が動かなくなる。ひたすら繰り返して、身体が動くようになる頃には、大量に汗をかいていた。
「ふぅ……」
「どう?」
「良い運動になった」
「ふふ。運動で終わっちゃ、駄目なんでしょ」
部長に指摘されて、俺はようやく目的を思い出した。
「何か、初心者にも出来る技とかあるか?」
「筋が良いから、小手返しなら出来るかもね。護身用なら。ハシユカ、来て。四季くんに小手返し教えるから、攻撃してきて」
「は~い」
ハシユカが、闇雲に拳を突き出す。
それを流れるような動きで躱(かわ)すと、あっという間にハシユカは手首を掴まれバランスを崩し、部長に掬われるように投げられていた。
凄い。何がどうなったんだか、サッパリ分からない。
受け身を取ったハシユカと部長は、正座して礼をし合っていた。
「教えようか」
「それ、ホントに簡単なのか?」
「四季くんの運動神経なら、覚えられると思うよ」
そう言われて始めた『小手返し』の練習は、出来るようになる頃には、優に一時間は経っていた。
「凄い、飲み込み早いよ、四季くん」
俺は肩で息をして、途切れ途切れに言った。
「マジかよ……めっちゃ疲れた。今日はもう、帰って良いか? ハシユカと一緒に帰りたくねぇし」
「ああ……大変だね。気持ち分かる。そっと帰って」
サンキュ、と小さく呟いて、俺はこっそり体育館を抜け出した。
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