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第22話 見舞い

 風呂上がり、ハーフパンツとTシャツ姿で、俺はまた綾人にメールした。 『綾人。今、電話しても良いか?』  ――ピコン。  すぐにメール着信音が鳴る。 『すまないが、しばらくシンポジウムや理事会で忙しい。連絡はしないでくれ』 「えっ」  思わず声が出てしまう。  発情期で休んでる時、あんなに毎日、困るくらい連絡してきたのに。  ――ピコン。 『副理事長室にも、来ないでくれ。事務的な事情以外では』  我知らず、携帯の画面を指が走る。 『綾人。俺の事、嫌いになったのか?』  ――ピコン。 『嫌いじゃないが、好きでもない。そういう文面は控えてくれ』  最後の一行で、目の前が滲んだ。 『迷惑だ』  メールはそれきり、こなかった。  『迷惑だ』の文字の上にポタリと雫が落ちて、俺は声を殺して嗚咽する。 「う……っく。綾人ぉ……」  俺の事を『好き』だって言ってくれたのは、やっぱりフェロモンに当てられてたから?  華那と結婚するから?  Ωでレイプされかかった俺なんて、面倒で汚れてるから?  頭の中を、そんな思いが駆け巡って、瞳からはひっきりなしに涙がこぼれ落ちる。  しゃくり上げ過ぎて、酸欠になって指先が痺れてきた。  でも両親に聞かれたら、絶対Ω関係の事だって思われるから、タオルケットで唇を覆って耐える。  Ωだってバレたなんて、両親に知られたら、どうなるだろう。  生まれて十七年間染み付いた癖で隠す事に必死になってたけれど、また転校する事になれば、今ならまだ忘れられるかもしれないのに。  一夜を布団の中で泣き明かし、両親が仕事に行った後、学校に風邪で休むと連絡して、ようやくウトウトと眠りに落ちた。     *    *    *  ――ピンポーン。  来客のチャイムで目を覚ました。面倒だから無視しようと決めて布団に包(くる)まり直したけど、もう夕方だったようで、母さんがインターフォンに答える声が細く聞こえてきた。  ――コン、コン。  何でだか、俺の部屋にノックが響く。 「四季。橋本さんて方が、お見舞いに来てくれたわよ。今日、風邪で休んだんですって?」  橋本……?  誰にも会いたくなかったけど、プリントかなんか持ってきてくれたんだろう。風邪がうつるからすぐに帰るだろうと踏んで、寝転がったままノロノロと身体の向きを、ドア側に向けた。 「四季、開けるわよ?」 「うん……」 「お邪魔します、四季くん」  愛想良く発された声に、鳥肌が立った。  橋本……ハシユカ!  頭が鈍ってた。ハシユカだって分かったら、絶対部屋になんて入れなかったのに。 「四季、わざわざケーキ持って来てくれたのよ。今、紅茶を淹れて用意するから、クッションしかないけどかけててちょうだい、橋本さん。四季もお礼なさいよ」 「とんでもないです」  ハシユカは、母さんに八重歯を見せた。人たらしとでもいうのか、ハシユカは第一印象が良い。  ドアが閉まった。途端、ハシユカがニヤリと笑う。 「何で俺のウチ知ってんだよ!」 「プリント届けるって言ったら、教えてくれるのよ。ついでに、お付き合いしてるって言ったし」  俺は一瞬言葉を失った。何か言おうとして言葉が浮かばず、唇だけがパクパクと動く。 「一日、四季に会えなくて寂しかった。四季もでしょ? だから、会いに来てあげたの!」 「だから、俺は女子と付き合う気はねぇんだよ!」 「アーヤとは付き合ってるんだから、その内女子にも興味がわくわよ。あたしもそうだった」  その自分勝手な理論に噛み付くより速く、心に波紋が広がった。 「う……」  綾人には、フラれた。それを一日かけて忘れる為に、学校を休んだのに。  ハシユカは、俺の心を土足で踏み荒らしては、無邪気に笑う。 「四季、開けてちょうだい」 「はーい」  ハシユカが応えて、部屋のドアを開ける。   「あら、ありがとう。よく気のつくお嬢さんね」 「ありがとうございます」  一旦床にトレイを置いて、母さんは小さな折りたたみ式テーブルを組み立ててから、その上にショートケーキと紅茶を乗せた。 「どうぞ。残りは家族で頂くわね。ありがとう、橋本さん」 「どういたしまして」  笑顔で小さく頭を下げ、母さんは出て行った。  助けを求めようかと思ったけど、そうしたら芋づる式に綾人との事が出てしまう。  綾人に迷惑はかけたくない、その思いで、ついに言葉は出なかった。  母さんが出て行ってすぐに、ハシユカは俺の方に寄ってきた。   「帰れよ」 「ふふ」  近付いてくる。すぐ近くに。近い、顔が近い……。  chu。  俺は目が点になった。ハシユカは俺に屈み込んで、キスしてきた。と同時に。  ――バシャバシャバシャッ。  シャッターが連射で落ちる音がした。  ハッとして見上げると、真上に携帯があって、ハシユカが自撮りしてた。 「えへへ。やった」  今撮った写真を表示して俺に見せて、悪気なく笑う。  そこには、ベッドでキスをする俺たちの姿が映ってた。  悪気がなくこういう事が出来るって事は、こいつは心の底からから悪なんじゃないだろうか?  薄ら寒くなったが、すぐに怒りが口を突く。 「てめぇ……!」  俺は起き上がろうとしたけど、寝不足と筋肉痛と抑制剤の副作用で、ベッドから転げ落ちてしたたかに頭を打った。 「じゃあ、お大事にねぇ、四季!」  俺の剣幕に、流石に身の危険を感じたらしいハシユカは、さっさと部屋を出てすぐ先の玄関から出て行った。

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